政治的サポートの停止と計画の中断
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 08:05 UTC 版)
「NERVA」の記事における「政治的サポートの停止と計画の中断」の解説
ローバー/NERVA計画では、17時間の運用時間を蓄積し、そのうち6時間は2000K以上の温度であった。タービンと液体水素タンクは物理的に接続されていなかったものの、NERVAエンジンは宇宙船に搭載できる段階にまでなっていたが、議会では火星探査の予算が問題となっていた。この計画を擁護していたニューメキシコ州の上院議員であるクリントン・プレスバ・アンダーソンは、重病になった。また、有人宇宙探査のもう1人の擁護者であったリンドン・ジョンソンは2期目に出馬しないことを決意した。NASAの資金は1969年の議会で若干削減された。1970年にニクソン政権はこれをさらに減らし、サターンロケットの製造とアポロ17号以降のアポロ計画を中止した。NERVAを軌道に運ぶサターンS-Nロケットを除き、ロスアラモス国立研究所はさらに数年間ローバー計画を継続したが、1972年までに解散した。 試験中の最も大きな事故は、水素爆発で2人の従業員が足と鼓膜に怪我を負った事故である。1965年、ロスアラモス国立研究所試験場の液体水素貯蔵施設が干上がり、コアが加熱されて、ネバダ砂漠の地面に吹き出した。試験場の職員は3週間待機し、その後、外に出て被害を受けていない部品を集めた。損傷を受けたコアからの核廃棄物は砂漠中に広がり、陸軍によって回収された。 この型のエンジンは、マーシャル宇宙飛行センター内に展示されている。
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