放射能による影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/10 04:53 UTC 版)
「クロスロード作戦」の記事における「放射能による影響」の解説
ベーカーのテストの後、汚染の激しい大部分の艦艇に対して検査を実施できなかったことはテストの成否を左右するため、標的艦隊の除染作業が8月1日から実施された。この作業は放射線検知器を装備した標的艦隊の乗組員を使い、艦船の外面を洗浄させるものであった。初めは標的艦に乗艦できる時間が数分しかとれなかったので、除染作業はなかなかはかどらなかった。時が経過するにつれ、実験支援艦隊自身が軽度の放射能を帯びた海水によって汚染されるようになってしまった。 そこで、ビキニ環礁での作業を中止して汚染されていない水のもとで作業ができるクェゼリン環礁へ残存標的艦を移動させるという決断が8月10日までになされ、この移動は9月までに終了した。クェゼリンでの主な任務は標的艦に搭載されていた弾薬を抜き取ることであった。このクェゼリンでの作業は1946年秋まで続き、職員は1947年に入っても乗艦しての仕事を続けていた。 12隻の主要艦艇と2隻の潜水艦が放射能の検査のためアメリカとハワイに曳航された。12隻の標的艦の汚染は大変軽微であったので、再び乗組員が乗艦し、アメリカまで航行することができた。残りの標的艦は1946年から1948年の間にビキニ環礁、クェゼリン環礁、ハワイ諸島近海のいずれかで撃沈処分とされた。 実験支援艦隊の除染はできる限り速やかに行われ、もとの艦隊に合流する前に放射能が存在しないことが確認された。 本作戦は全て放射能レベル監視下で実施され、参加人員の放射線被曝量は0.1レントゲン/日以下に抑えられた。実験当時、0.1レントゲン/日は健康に影響を及ぼすことのなく、長期にわたる被曝に耐えられる量であると考えられていたからである。 実験中は放射線検知器を装備した専門の隊員がガイドの役割を務め、放射能の危険区域に他の人員を近づかせないようにした。また、各員が装着する被曝量測定用のフィルムバッジが0.1レントゲン/日を超える値を示した者は1日または数日の間安全な場所に退避させ、作業を休ませる等の対策をとった。 主に被曝リスクの高い場所で作業する者を中心として、JTF1の人員のおよそ15パーセントが計18,875枚発行されたフィルムバッジを最低1枚以上受け取ったが、放射線被曝のおそれのない島や艦にいた約6,600人の中で支給された者の割合は少なかった。ちなみに、本実験を通して記録された最大放射線蓄積量は放射線監視モニターが示した3.72レントゲンであった。
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