投手・捕手へのコンバート
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 13:54 UTC 版)
「コンバート (野球)」の記事における「投手・捕手へのコンバート」の解説
日本球界では、プロ入り後、他のポジションから投手や捕手にコンバートされる例は極めて珍しい。 ここに挙げた5人はいずれもプロ入り前のコンバートであるが、プロ入り後のコンバートは、以下の選手が挙げられる程度である。 福士勇(捕手→投手、ただし、プロ入り前は投手) 野口正明(一塁手→投手、高校以降転向まで投手経験なし)- 投手転向後も内外野手としての出場がある 近藤貞雄(一塁手→投手、高校以降転向まで投手経験なし)- 投手転向後も内外野手としての出場がある 木村勉(投手→外野手→捕手→外野手、高校以降転向まで捕手経験なし) 服部受弘(捕手→投手(状況に応じてショート以外全て守った))- 捕手時代に本塁打王の獲得経験あり(1941年) 通算33本塁打112勝 楠安夫(投手→捕手) 多田文久三(投手→投手兼捕手→捕手→投手→捕手)- 捕手としてスタメン出場。先発投手KO降板後に登板し勝利投手になったことがある 川畑博(投手→投手兼捕手兼内野手→捕手)- 戦後プロに復帰するまで所属した社会人野球では、KOされるとマスクを被る、ということをやっていたらしい 今西錬太郎(内野手→投手、高校以降転向まで投手経験なし) 根来広光(投手→捕手) ロン・ボトラ(捕手→投手) 柳川福三(外野手→内野手→捕手、高校以降転向まで捕手経験なし) 野上浩郷(捕手→投手) 松本俊一(内野手→内野手兼外野手→投手、高校以降転向まで投手経験なし) 髙塚信幸(投手→内野手兼捕手) 萩原淳(内野手→投手、高校以降転向まで投手経験なし) 上原厚治郎(投手→捕手→投手) - 捕手へのコンバートを巡ってヤクルトを退団し西武へ移籍した経緯がある 遠山奬志(投手→外野手→投手) - 投手への再転向後も内野手(一塁)での出場がある 嘉㔟敏弘(外野手→投手、ただし、高校時代は投手) 今村文昭(内野手→投手、ただし、高校時代は投手兼任) 張奕(外野手→投手、ただし、高校時代は投手兼任) 藤井宏海(内野手→投手、ただし、高校時代は投手) 姫野優也 (外野手→投手、ただし、高校時代は投手兼外野手) 織田淳哉(投手→捕手→投手) 須山成二(捕手→投手) 筧裕次郎(捕手→内野手→捕手) 内之倉隆志(内野手→捕手) - 捕手へのコンバート後も内野手(一塁・三塁)での出場がある 斉藤巧(内野手→捕手) 沖泰司(内野手→捕手) 笹川隆(内野手→捕手) 尾崎匡哉(内野手→捕手) 中東直己(外野手→捕手→外野手) - 外野手登録時代も捕手での、捕手登録時代にも外野手での出場がある 例外に、元広島のフェリックス・ペルドモが内野手から投手へ転向(二刀流)した例がある。新庄剛志は、阪神時代に投手としてオープン戦に出場した事がある。山川晃司はヤクルト時代、捕手登録ながらイースタン・リーグの公式戦で登板経験があり、2019年の12球団合同トライアウトには捕手として参加する一方でマウンドにも上がり、その後富山GRNサンダーバーズには投手として入団した。 コンバートとは異なるが森本潔(元阪急)、池辺巌(元阪神)、五十嵐章人(元ロッテ)、金村義明(元近鉄)、井生崇光(元広島)などは捕手を全部使い切ったときに急造捕手として出場したことがあった。
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