戰場の猫に降る雪一萬年
作 者 |
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季 語 |
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季 節 |
冬 |
出 典 |
融 YU |
前 書 |
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評 言 |
戦場ということばから喚起される火と破壊の力。その果てに黒焦げの瓦礫の山、建物は廃墟と化し人影も見当らない。核戦爭が起ったとしても、その姿はさして変らないものであろう。戦場だった廃墟に雪が降る。あらゆる痕跡を白一色に覆い盡くす雪。音もなく降り積もる雪。モノクロの静寂世界にただ一点四肢を揃え、首筋を伸ばした姿勢で置き物のように猫が坐っている。 沈黙の廃墟の絶対的な空虚としての白い外界、いたるところに舞い込んでくる雪片は、限りない優しさで、かつ残酷な白さで、ゆるやかに空間を満たしてゆく。延延と続く時間の経過と全く動きを止めた空間には、濃密で無重力な空気が漂う。降る雪の静かなリズムのなかで、外界と心象の内界が交錯をくり返す。深い悲劇性のなかに坐り続ける猫の姿が現実界の生命の象徴として心象の影を刻む。はかなく消えやすい雪という媒体を通して内的精神風景を描きだした。新妻氏は、句集の後書に「俳句という幽體を通じて、心象を書きとどめたい」と記している。 すべての生物が消えてしまった地上に、猫だけが、その姿をとどめている。猫という動物は、自尊心が強く容易に妥協せず、自分の意志のままに生きる動物といわれている。猫を点景として選択した作者の積極的な志も、そこに求められようか。東京の石橋財団ブリヂストン美術館で見た古代エジプトのブロンズ像≪聖猫≫を思い出す。古代の聖猫は、地球の最後を、世界の終焉を見届けている。前肢を立て、微動だにせず遥かな時空を凝視する猫。雪は静かにすべてを埋め盡くしてしまうであろう。 |
評 者 |
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備 考 |
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