復活再デビュー〜活動停止 (2000年 - 2005年)
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2000年に、マウザーが「Massive Management」とソロ契約したことを機に「ディエズ・イラエ」の再結成が模索される。しかし、マウザーを除く解散前のメンバーが既に音楽活動を辞めていたり、ポーランド在住ではなくなっていたりしたため、結局マウザーと「ヴェイダー」のドラマー、ドック (Ds)の2名で再結成された。 再結成から2カ月ほどでマウザーとドックで作曲を行った。また、「セプティック」のギタリスト、ヤツェク・ヒロ (G)と「デヴィリン」のノヴィ (B/Vo)が加入する。その後すぐにレコーディングが行われ、同年中に1stアルバム『Immolated』を「メタル・ブレイド・レコーズ」からリリースしデビューする。同アルバムは「アヴァロン・レーベル」から日本盤もリリースされた。 元々は、スタジオ・バンドの予定だったが、1stアルバムの評判やメンバーの相性の良さなどからライヴも計画されるようになった。実現には至らなかったが「ナイル」とのツアーも予定されていた。 2002年に、2ndアルバム『The Sin War』をリリース。同アルバムは、マウザーとドックが「ヴェイダー」の活動で多忙なため、同年5月に集中録音された。 2003年には計画されていたライヴも敢行し、ステージに立った。また同年にはノヴィも「ヴェイダー」に加入する。この加入でヤツェク・ヒロ以外のメンバーがヴェイダーと兼任という形になった。 2004年に3rdアルバム『Sculpture of Stone』をリリース。しかし、怪我を理由にドックが脱退し、「ディキャピテイテッド」のドラマー、ヴィテックが加入した。 2005年8月、ドックが死去。以降2006年頃を境に目立った活動が無く、事実上解散した。 その後 2007年11月にはヴィテックの訃報も伝えられた。2008年に、2004年と2005年のライヴDVDと3rdアルバム『Sculpture of Stone』をカップリングした『The Art of an Endless Creation』をリリース。
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