引退宣言の発表
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/23 07:20 UTC 版)
海音寺は1969年(昭和44年)4月1日、「今後、一切、新聞・雑誌からの仕事は受けない」という旨の引退宣言を『毎日新聞』紙上で発表して、世間を驚愕させた。あたかもこの年、1月からNHK大河ドラマとして海音寺の作品を原作とする『天と地と』の放送が開始されており、その影響もあって著作がベストセラーとなっていた最中の、まさに人気絶頂での引退表明であった。原作発表から既に10年近くが経過しているなかで、マスコミの力を借りなければ作品が読まれない状況に不満を抱いての引退宣言であるとの見方が一般的であった。 しかし、後に海音寺自身が心境を語ったところによると、この宣言の数年前から「引退の念、しきりなるものがあった」と告白しており、親しい知人には前もってその意図を告げてもいた。海音寺が挙げている引退宣言の理由は、自分自身の人生に限りがあることを意識した上で、 長編史伝『西郷隆盛』の完成 『武将列伝』、『悪人列伝』に代表される人物列伝の一層の充実 5部作『日本』の完成 に向けた執筆活動に注力するためであり、これらの目標を達成の後、なお時間があれば買い置いてある二十四史と資治通鑑を読みながら余生を送りたいとのことであった。 このように明確な目的意識をもっての引退宣言であり、その後の執筆活動の多くは海音寺が最も重要視する長編史伝『西郷隆盛』の完成のために費やされたようであるが、結局はこれも1977年に海音寺が急逝したことで未完となってしまった。人物列伝の充実、5部作『日本』の完成についても同様で、どちらも当初の意図を達成しないまま終わっている。
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