実現に至らなかった経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/25 05:20 UTC 版)
「スーパーひかりモデル」の記事における「実現に至らなかった経緯」の解説
本車両の構想段階では、長さ25,000 mm、幅3,000 mm、高さ3,630 mmと、在来線並みの断面積に縮小し、座席も横4列を基本とする仕様であった。この寸法であっても、窓自体が大きいこと、窓柱が細く補強材が必要となることから、強度面を考慮すると1両あたりの質量は推定で55 tと、100系の126形と比較しても重い車体となる。軸重に換算すると13.75 tとなり、270 km/h運転で要求される11.3 tに届かなくなる。スーパーハイデッカー構造も、低重心化を行う上では不利となる。前面展望については、バードストライクの問題などから、乗務員からは否定的な意見が出ていたという。 一方、当時の航空業界では、45/47体制が崩壊して自由化が進められていた。これに対抗するため、JR東海は東海道新幹線の高速化に重点を置く方針に変更した。結果、高速化の妨げになるスーパーハイデッカーの仕様は断念され、最高速度優先の仕様とした300系9000番台J0編成(のちにJ1編成に改造)の試作車が1990年(平成2年)に開発された。
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