宇治川電気との棲み分け
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/01 00:16 UTC 版)
「大阪市営電気供給事業」の記事における「宇治川電気との棲み分け」の解説
前述の通り、旧大阪電灯は後発の宇治川電気との間に電力受給契約を結ぶとともに、大阪電灯では電灯供給と小口主体の電力供給、宇治川電気は電力供給、という具合に市場分割を取り決め、さらに電柱の共用を認めていた。しかし1922年ごろより両社の営業上の協調関係は崩れ、受給契約と電柱共用は継続するも一般電力供給においては競争状態となった。電灯市営化後においても、電柱共用の権利は維持されたものの、市電気局と宇治川電気の営業競争は継続された。 競争の結果、新市域では配電線の建設競争が、旧市域では技術上無理な共用電柱が生じ、何らかの整理が必要な状態となった。こうした中、1936年(昭和11年)4月の電柱共用契約の更改に際し、当時の逓信省の示達もあって競争を避け協調を図るべく市場の棲み分けを再確認することとなった。その内容は、 電灯供給は市側の独占とする。宇治川電気に関する電灯用電力の供給は、電灯が工場設置の自家用電気工作物であり、工場作業に直接必要なものである場合に限る。 電力供給は原則として市側は小口需要、宇治川電気は大口需要に応じるものとし、市域を普通供給区域と特別供給区域に分離し両者の供給分野を定める。 電熱供給については、宇治川電気は電圧100ボルトでの供給を行わない。 というものであった。協定締結により以後営業競争は解消された。
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