女性374人の刑法典第218条改正要求
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「アリス・シュヴァルツァー」の記事における「女性374人の刑法典第218条改正要求」の解説
シュヴァルツァーはこの勇気に打たれ、ドイツでも同様の運動を起こそうと考えた。2か月後の6月6日発売の週刊誌『シュテルン』にドイツ刑法典第218条の改正を求める請願書が女性374人の署名入りで掲載された。表紙一面に女性28人の顔写真が並び、「私たちは中絶した!」と大きく書かれていた。フランスの場合と同様に、ロミー・シュナイダー、センタ・バーガー、ヴェラ・チェコヴァ、ヴェルーシュカ(ドイツ語版)らの著名人が多数参加していた。当時、西ドイツの刑法典第218条では妊娠中絶を犯罪とし、手術を引き受けた者は5年以下、依頼した妊婦は1年以下の自由刑または罰金刑に処され、中絶の企てさえも刑罰の対象であったため、闇の中絶を受ける女性は年間数万人に上っていたとされる。この請願書の署名者は、その「多くが職場で配置換えや解雇の脅しを受け、何人かの女性宅には堕胎罪と民衆扇動の容疑で家宅捜査さえ入った」。だが、誰一人起訴されることなく、シュヴァルツァーは中絶自由化を求める8万6000人の署名を集めることができ、7月19日に法務省に提出した。女性たちは「私のおなかは私のもの」を標語に掲げ、第218条の破棄を求めて街頭デモを行った。シュヴァルツァーは同年、最初の著書『第218条に反対する女性たち』を発表した。この運動は「従来自明のことと見なされていた母性という女性の使命」に対する異議申し立て、自らの身体に対する自己決定権と「産まない自由」の要求、さらには第二波フェミニズムの運動に発展。この結果、第218条は1974年に一部改正、76年7月21日にようやく、公的機関での面談により理由が認められる場合には受胎後12週まで、優生学と母体保護に基づく理由または犯罪による理由がある場合には22週までの中絶を違法としない新218条が施行された。
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