地理変異と宿主選択
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/08/09 04:03 UTC 版)
「チリイソウロウグモ」の記事における「地理変異と宿主選択」の解説
本種は宿主として、クサグモ(とその近縁種)とスズミグモをよく選ぶ。この両者は足場的な糸を立体的に張り巡らせる点では共通するが、網の素性も大きく異なり、蜘蛛自体の系統もかなり離れている。クサグモ(タナグモ科)の網は棚網と呼ばれ、密に糸を張り重ねたシートが水平に張られ、その一端に住居となる糸のトンネルがある。クモ本体はシートの上を歩き、そしてそのシートの上方に複雑に張られた足場的な糸がある。他方、スズミグモ(コガネグモ科)の網では、シートは格子状で、中央が上向きに盛り上がったドームのような形をしている。クモはこのシートの下にぶら下がり、その形を支えるための足場的な糸がシートの上下にある。またクサグモは雌成体が体長14-17mm、スズミグモでは14-23mmと後者が一回り大きく、スズミグモの網は径が80cmにも達するが、クサグモの網はこれより遙かに小さい。 日本本土では、本種はスズミグモの網にも見られるが、クサグモの網で発見されることが遙かに多い。他方、スズミグモは南方系であり、本州ではその数が多くない。南西諸島ではむしろ、スズミグモに本種が見られることが多い。実際に調べると、スズミグモはトカラ列島以南に多く、これを越えるとその北方では急速に個体群密度が下がり、逆にクサグモは屋久島以北では普通種だが、トカラ列島の宝島以南では全く見られない。つまり、本種の宿主がこの線ではっきり切り替わっていると考えられる。 そこでこの線を境とする本種の個体群の行動を比較すると、クサグモ利用個体群(千葉県)はスズミグモ利用個体群(奄美大島)より小さな餌を採っており、餌獲得量も小さい。この両者で、網にかかる餌の大きさそのものには差がなかった。実際の行動面では、クサグモ利用個体群が宿主が採らなかった餌を採る「盗み」しかしないのに対して、スズミグモ利用個体群では宿主が糸で包んだ餌を横取りしたり、宿主が食べている最中の餌を一緒に食べるなど、宿主が獲得した餌をも利用していた。これは、スズミグモの網には隠れ場がないのに対して、クサグモには住居部分があり、ここで餌を食うために本種が利用出来なくなるためと考えられる。 両者の形質について比較すると、スズミグモ利用個体群では身体の大きさがクサグモ個体群より大きく、さらに相対的脚長もより大きかった。つまり、スズミグモ利用群の方が、体が大きくて足が長い。これはむしろ、クサグモの網がより小さくて細かいことから、足が短い方が盗み行動が行いやすいと見ることが出来る。イソウロウグモ類は熱帯起源と考えられるので、この事実は熱帯域でスズミグモの大きな粗い網に適応して暮らしていたものが、温帯域に進出するに当たって、より網が細かく、また餌量も少ない条件への適応として、盗み行動を行いやすい短い足へと変化したものと思われる。更に少量の餌への対応として小さな体で成熟出来るように生活史が変化した。ただし、足が短くなったことに関しては、少ない餌への対応として、栄養を足に回さないようにしたとの判断もあり得る。
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