国内のテロ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 15:09 UTC 版)
「アメリカ合衆国の歴史 (1991-現在)」の記事における「国内のテロ」の解説
1990年代と2000年代は幾つかの国内テロもあった。多くの場合、連邦政府や大企業の動き、あるいはアメリカ社会の他の側面に不満を抱いた者による犯行だった。 1970年代と1980年代はメディアから「ユナボマー」(The Unabomber)と呼ばれた正体不明の者から、学者や航空産業の人物に郵便爆弾が送られてきていた。一時期は無くなっていたが、1993年からまた熱心に郵便爆弾を送るようになった。その標的は製材業や石油産業の代表者など大企業に拡大された。1990年代半ばに2人が殺害され、FBIによる骨の折れるまた金を使った捜査に、全国的メディアの協力もあって、セオドア・カジンスキーという実行犯を突き止めて逮捕した。カジンスキーは終身刑を宣告された。 1995年4月19日、オクラホマ州オクラホマシティのアルフレッド・P・ミュラー連邦政府ビルの外で、トラック爆弾が爆発し、168人を殺害し、600人以上を負傷させた。この爆破事件はアメリカ国内テロとしては最大のものとなり、連邦政府ビルの安全性を徹底的に改良させることになった。この事件の実行犯ティモシー・マクベイは反政府過激派であり、ウェーコ包囲事件やルビー・リッジ事件をその連邦政府に対する報復の正当化理由にしていた。マクベイは特に連邦政府役人を標的にしようとしたが、多くの無辜の市民が巻き添えになり、その中には19人の子供も含まれていた。マクベイは2001年に死刑が執行され、共犯者のテリー・ニコルズは終身刑を宣告された。 1996年7月、ジョージア州アトランタの100年記念オリンピック公園で開催されていた夏季オリンピック期間に、自家製の爆弾が爆発し、2人が殺害され、100人以上が負傷した。この事件の後には2つの妊娠中絶医院と1つのレズビアン・ナイトクラブに同様な攻撃があった。2003年、容疑者エリック・ロバート・ルドルフが逮捕され、2005年に終身刑を宣告された。 2001年、9.11同時多発テロ事件から数日後、著名なニュースパーソナリティや政府役人など数人に炭疽菌を入れた郵便が配達された(アメリカ炭疽菌事件)。この郵便で5人が死に、17人が感染した。このバイオテロは当初国際テロ組織アルカーイダによるものとされていたが、2008年にブルース・エドワード・アイビンスというメリーランド州の科学者が実行したとされた。アイビンスは告発される前に自殺した。
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