咸鏡線部分の年表
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1916年9月21日 - 文川〜高原〜永興(現在の金野駅)間が開業。 1916年11月5日 - 清津(現在の清津青年駅)〜輸城〜蒼坪間が開業。 1919年12月10日 - 輸城〜羅南間が開業。 1919年12月15日 - 永興〜咸興間が開業。 1920年10月1日 - 羅南〜鏡城(現在の勝岩駅)間が開業。 1921年11月11日 - 鏡城〜朱乙(現在の鏡城駅)間が開業。 1922年12月1日 - 咸興〜西湖津(現在の西湖駅)間が開業。 1923年9月25日 - 西湖津〜退潮(現在の楽園駅)間が開業。 1924年10月11日 - 退潮〜陽化間、吉州(現在の吉州青年駅)〜端川(現在の端川青年駅)間、朱乙〜鳳岡〜水南間が開業。 1925年6月5日 - 朝鮮総督府所属咸鏡線の内、元山〜陽化間を咸鏡南部線、端川〜吉州間を咸鏡中部線、水南〜会寧間を咸鏡北部線、清津〜輸城間を清津線と改称する。 1925年11月1日 - 咸鏡南部線陽化〜俗厚間が開業。雲浦駅が開業。 1926年11月11日 - 咸鏡南部線俗厚〜新北青間が開業。 1926年12月1日 - 咸鏡北部線鳳岡〜極洞間が開業。水南駅廃止。 1927年6月1日 - 咸鏡南部線内湖駅が開業。 1927年8月1日 - 咸鏡北部線極洞〜龍洞間が開業。 1927年12月1日 - 咸鏡北部線生気嶺駅が開業。咸鏡南部線新北青〜居山〜盤松間、咸鏡北部線群仙(現在の利原駅)〜端川間及び吉州〜龍洞間が開業。群仙〜会寧間が咸鏡北部線へ統合される。 1927年12月21日 - 咸鏡南部線文峰駅開業。 1928年7月21日 - 咸鏡南部線内湖駅を移転し、普通駅として興南駅と改称する。 1928年8月31日 - 咸鏡南部線盤松駅廃止。 1928年9月1日 - 居山〜群仙間の開業によって咸鏡線全通。元山〜会寧間を咸鏡本線と改称する。 1929年6月15日 - 上龍田駅(現在の上龍蟠駅)が開業。 1931年6月15日 - 晩春駅が開業。 1931年9月10日 - 永安駅(現在の三郷駅)が開業。 1931年12月26日 - 興南本町駅が開業。 1932年10月1日 - 興上駅を咸南興上駅(現在の咸州駅)と改称する。 1933年10月1日 - 清津線の運営は南満州鉄道に委託される。 1935年5月1日 - 范浦駅が開業。 1935年11月1日 - 龍坪駅を漁大津駅と改称する。 1937年1月1日 - 松端駅を利原駅(現在の松端駅)と改称する。 1937年5月16日 - 義湖駅を元山駅方向に1.9km移転する。 1937年8月1日 - 義湖駅を江上里駅と改称する。 1939年8月16日 - 鶴中駅(現在の松上駅)が開業。 1939年9月16日 - 玄興駅と麻田駅が開業。 1939年11月1日 - 細浦里駅と温水坪駅が開業。 1940年6月30日 - 南満州鉄道の清津線の委託運営は廃止される。 1940年7月1日 - 咸鏡本線の区間は元山~上三峰間に変更される。 1940年9月30日 - 興南本町駅廃止。 1941年4月16日 - 新成津駅(現在の長坪駅)が開業。 1941年12月1日 - 羅南〜清津間の開業。既存の羅南〜輸城間が康徳線として分離される。清津〜清津港間を清津線と改称する。 1942年2月1日 - 線路の改良と共に清津駅が現在の位置へ移転される。その結果、清津〜輸城間が1.2km短縮される。 1945年2月1日 - 中湖駅が開業。
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