北海道庁官有物払下げ事件とは? わかりやすく解説

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北海道庁官有物払下げ事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 21:45 UTC 版)

開拓使官有物払下げ事件」の記事における「北海道庁官有物払下げ事件」の解説

1886年明治19年)、北海道庁初代長官岩村通俊黒田殖産興業政策就任演説批判し民営化主張したほどなく東京から渋沢栄一岩崎弥太郎益田孝安田善次郎大倉喜八郎財界人札幌招き北海道開発について協議した。夏には山縣有朋井上馨大物政治家が、益田大倉小室信夫馬越恭平伴い道。その暮れには、開拓使時代からの官営工場である札幌麦酒醸造所大倉払下げられた。翌1887年明治20年)、渋沢出資者加わり札幌ビール社名変更した。他には、資本金26万円紋別精糖所が995円で伊達邦成払下げられている。 1889年明治22年)、北海道炭礦鉄道前身事業が、法人設立隠れ蓑払下げられた。前身官営事業資本金230万円であったが、破格払下げ価格35万円割賦10年、さらに8年株主に年5%の配当保証加えて線路とそれに付随する土地税金免除され千人上の囚人労働力として毎年派遣されるという好条件であった設立にあたっては、三条実美を介して皇室大株主据えた福沢諭吉からも了承得たうえで有力財界人華族らが発起人となったこの年北海道200万町歩が皇室財産となり、雨竜原野1億5000坪が三条蜂須賀茂韶らの華族組合貸し下げられた。1897年明治30年)、開墾地無償付与制度実施されると、官僚華族資本家らの荘園道内蔓延した

※この「北海道庁官有物払下げ事件」の解説は、「開拓使官有物払下げ事件」の解説の一部です。
「北海道庁官有物払下げ事件」を含む「開拓使官有物払下げ事件」の記事については、「開拓使官有物払下げ事件」の概要を参照ください。

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