光之村
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 00:29 UTC 版)
「無所有奉仕」を唱えていた長男・俊郎の活動を支援するため、私財を投じ、農業青年の育成等を目的とした慈善団体「光之村」を設立し、1934年に財団法人として認可された。自邸のあった東京都芝区を本部に、理事長に俊郎、理事に俊郎の子供らが就いた。1941年には久次郎が両親に贈った茅ケ崎の邸宅に本部を移した。静岡県伊東市の農地と株式を基本財産とし、戦前は株の配当金を事業資金として活動していたが、戦後は農地の大部分を農地改革等により失い、株の価値も下落したことなどから、活動できなくなった。1950年代後半に再建計画を立て、農業の近代化をめざしたモデル農場(蜜柑園と養鶏)を作り、1960年ころから活動を開始したが、財団が農地を所有することは農地法上問題があったため、1964年に「農業生産法人有限会社光南農場」を設立した。また、財源確保と、低廉な賃料で住宅を提供する目的で貸家業も始めた。農業事業は光南農場が引き継ぎ、光之村は教育映画、茶道教室、華道教室、宗教事業等を行った。2000年以降は福祉支援活動と不動産賃貸業を行なっている。
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