先史時代~三山時代とは? わかりやすく解説

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先史時代~三山時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 07:51 UTC 版)

沖縄県の年表」の記事における「先史時代~三山時代」の解説

グスク」および「三山時代」も参照 753年 鑑真乗せた遣唐使船が阿児奈波(あこなは、現在の沖縄本島)に到着1187年舜天即位したといわれている。中山浦添城)に都を定めたと伝わる。 1250年 飢饉人民半数死亡当時王義本から英祖への禅譲に繋がる 1260年英祖即位したといわれている。伊祖城を構えたと伝わる。 1264年 久米慶良間伊平屋から英祖入貢がある(『球陽』) 1265年 琉球仏教伝来浦添極楽寺創建1266年ごろ 与論島などが英祖入貢1317年 「密牙古人」が中国漂着する(「元史」、「温州府志」)。 1350年察度中山王即位したといわれている。 1368年 波上山に護国寺創建1370年 - 1380年代 北山中山南山の各王が相次ぎ明に朝貢する。後に冊封を受け、進貢貿易開始。なお、年次諸説あり定まらない1372年洪武5年一説には中山察度明に入貢したとある。 1380年 - 1385年 南山承察度続けて明に入貢(『大明実録』)。 1394年 北山の珉、明に入貢1389年 察度朝鮮人被慮人を倭寇より買取り、玉之掟を遣して高麗送還する1390年 宮古与那覇勢頭豊見親中山入貢する。 1392年閩人三十六姓久米三十六姓)が帰化したといわれている。 1394年 南山承察度朝鮮亡命したと伝わる(『李朝実録』) 1404年永楽2年) 明の永楽帝中山王武寧冊封使遣わす。(『球陽』) 1406年永楽4年尚巴志浦添城武寧討ち察度王統を滅ぼす。中山の都を浦添から首里に移す。尚思紹中山王即位する第一尚氏王統開始1414年 中山王室町幕府に遣使する。 1420年永楽18年護佐丸座喜味城を築く。 1421年 朝鮮に向かう琉球船が倭寇対馬海賊)に襲撃される中城城

※この「先史時代~三山時代」の解説は、「沖縄県の年表」の解説の一部です。
「先史時代~三山時代」を含む「沖縄県の年表」の記事については、「沖縄県の年表」の概要を参照ください。

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