候補生教育中心へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/08 06:38 UTC 版)
「仙台陸軍飛行学校」の記事における「候補生教育中心へ」の解説
1943年(昭和18年)4月、水戸陸軍飛行学校令の改正が施行された(勅令第222号)。改正された学校令の第1条で水戸陸軍飛行学校は「航空関係ノ予備役将校ト為スベキ生徒ヲ教育スル所」とされた。学校令第1条はさらに前項のほか「学生ニ対空射撃及自動車ニ関スル教育ヲ受ケシメ」「対空射撃及自動車ニ関スル調査、研究及試験ヲ行フ」と定めた。 この改正の要点は学校の定義の第一を予備役将校となすべき生徒の教育とし、生徒を操縦候補生と甲種幹部候補生にしたことである。学校令第2条以下でも従来は学生に関する条項が先であったものを、今回の改正で生徒に関する条項を先とした。また被教育者から下士官候補者が除外された。陸軍では1940年(昭和15年)9月にそれまでの「歩兵科」「航空兵科」といった兵科区分を廃止し兵種としていたため、学校令中の文言も「航空兵科」から「航空関係」と改められている。学校の編制は教育隊のかわりに生徒隊が置かれ、校長、幹事、本部、教育部、生徒隊、材料廠、および学生となった。 水戸陸軍飛行学校令改正による被教育者は次のとおり定められた(1943年4月時点)。 生徒 航空関係の予備役将校に必要な教育を受ける者。各隊より分遣する操縦候補生および甲種幹部候補生。 修学期間は約6か月から約1年。操縦候補生は通常毎年1回入校、甲種幹部候補生は通常毎年2回入校。 射撃学生 対空火器に関する教育を受ける者。航空関係の尉官。 修学期間は約6か月。通常毎年2回入校。 自動車学生 自動車に関する教育を受ける者。航空関係の尉官。 修学期間は約4か月。通常毎年2回入校。 その他 臨時に将校以下を召集し、必要な教育を行うことも可(学校令第4条)。 生徒の条件のうち操縦候補生とは1935年(昭和10年)に定められ、軍隊外で飛行機操縦の資格を得て高等教育機関を卒業し、予備役の操縦将校となるため教育を受ける者である。それまで教育を行ってきた岐阜陸軍飛行学校が廃止されたため、水戸校に教育が移管された。生徒は校内に起居し、各学生は校外に居住することになっていた。
※この「候補生教育中心へ」の解説は、「仙台陸軍飛行学校」の解説の一部です。
「候補生教育中心へ」を含む「仙台陸軍飛行学校」の記事については、「仙台陸軍飛行学校」の概要を参照ください。
- 候補生教育中心へのページへのリンク