作曲および初演の経過
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「サムソンとデリラ (オペラ)」の記事における「作曲および初演の経過」の解説
サン=サーンスが『サムソンとデリラ』の作曲に着手したのは1868年であるが、当初はオラトリオとして構想していたという。フランス語のリブレットはサン=サーンスの従兄弟フェルディナン・ルメール(Ferdinand Lemaire)による。1870年にまず第2幕が完成し、ただちに非公開の試演を行ったが、かんばしい評価が得られなかった。作曲開始から6年後の1874年に完成し、再度第2幕の試演が行われた。この時に好意的な評もあったが、興行側は聖書の物語を題材にしたオペラに抵抗を示し、オペラ座での上演は拒否された。翌1875年に第1幕のみが演奏会形式で、エドゥアール・コロンヌ指揮のコンセール・コロンヌにより初演されたがやはり酷評を受けた。 オペラの全曲初演は1877年12月2日、ヴァイマルの宮廷歌劇場においてドイツ語で行われた。指揮は歌劇場の音楽監督エドゥアルト・ラッセン(英語版)であるが、この上演はラッセンの前任者であるフランツ・リストの強い希望によって実現した。リストはこのオペラが完成する以前から興味を持っていたのである。フランス初演は1890年3月3日にルーアンで行われ、同年10月31日にパリ初演もエデン劇場にて行われたが、オペラ座で初めての上演が行われ、成功を収めたのは1892年11月23日のことであった(指揮はコロンヌ)。この上演の後30年間に500回上演され、人気作となった。なお、作曲自体はフランス語のテキストを元に行われ、ここからドイツ語訳して初演されたため、今日ではフランス語版がオリジナルと見なされている。
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