丸山政治学への批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 07:03 UTC 版)
吉本隆明は丸山をはじめとする進歩的文化人は大学から自立せず、大衆から解脱(往相)してしまっており、丸山を「上空飛行的思考」として批判した。吉本の丸山批判は新左翼・全共闘の学生などに受容された。 東大紛争では、全共闘の学生から、東大教授という立場に寄りかかった権威主義者、大衆から遊離した貴族主義者であるとして批判された[要出典]。 日本共産党は@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}丸山が「共産党は反戦運動をしたというが、実際には第二次世界大戦が起きた。だから戦争責任は共産党にある」と主張していた[要出典]ことに激怒・反発し、「傍観者の思想」と厳しく糾弾した[要出典]。 丸山の議論は西欧にあって日本にないものを指摘する「欠如理論」であるという批判もある[誰によって?]。 丸山の日本ファシズム論には、ウルトラ・ナショナリズムとナショナリズムを区別できないという欠点があると言われる(松本健一『日本のナショナリズム』など)。谷沢永一は以下のような批判を行った。日本ファシズムの概念規定が『増補版 現代政治の思想と行動』のどこにもでてこないこと。同書において、日本国民を二分し、第一類型には工場主や自作農、学校教員など、第二類型には都市における文化人やジャーナリスト、学生層などと規定したこと。日本社会の中堅層である前者に対し、日本にファシズム運動があったか否かの検証もないままファシズムの社会的基盤であると断定し、かつ疑似インテリゲンチャもしくは亜インテリゲンチャと呼んで軽蔑していること。そして以上の理由から丸山眞男を差別意識の権化とした。 水谷三公は、学者としての丸山を尊敬しつつも、その政治的言説がアメリカを批判して北朝鮮やソ連に傾くものだったとし、「外交オンチ」「政治的蓄膿症」と言われても仕方がないと評した。
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