中華人民共和国にとっての台湾省
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/10 11:06 UTC 版)
「台湾省 (中華人民共和国)」の記事における「中華人民共和国にとっての台湾省」の解説
台湾島と澎湖諸島は1945年に中華民国(国民政府・蔣介石政権)によって接収され、1947年5月17日には中華民国の台湾省が設置された。その後、国共内戦で国民政府に決定的な勝利を収めた中国共産党は、1949年10月1日に中華人民共和国の建国を宣言し、1950年5月までに中国大陸のほぼ全域と海南島を制圧した。だが台湾省については、同年6月に勃発した朝鮮戦争の影響から本格的な軍事行動を行なえず、1958年に金門砲戦を仕掛けたものの台湾国民政府の防衛陣を突破できなかったため、「解放」できないまま内戦が終結した。 このような経緯から、1949年以降も台湾省の省域を実効支配しているのは中華民国国民政府であり、同地域でかつて置かれていた省も中華民国の台湾省である。建国以来、一度として中華人民共和国の支配力が及んでいない以上、地方自治体としての「中華人民共和国の台湾省」は現実には何の実体も存在していないため、他の省・自治区・直轄市にみられるような人民政府や人民代表大会も設置されておらず、全国人民代表大会(全人代)にある「全人代台湾省代表団(中国語版)」の席が台湾省の存在を示す唯一の実体である。なお、2017年の第19回中国共産党大会では、初めて分断後に台湾で生まれ育った者が選出され、話題となった。 建国以来一度として統治できていないにもかかわらず、中華人民共和国が台湾省を設置し自国の1省として領有権を主張し続けるのは、「一つの中国」の立場から自分たちが中華民国を継承する唯一正当な「中国の政権」(継承国)であるとし、中華民国の支配下にあった台湾省も当然に継承する立場にあるとしているからである。 そのため、歴代の中華人民共和国政府は台湾省を自国の不可分の領域であるとし、2005年の反国家分裂法制定に見られるように、「台湾が独立すれば軍事行動も辞さない」という立場を採り続けている。一方で現実的には、台湾海峡両岸の経済関係の深まりなどから、軍事的な制圧による問題解決の可能性は1990年代以降徐々に低くなりつつある。しかし、政府高官による中華民国政府への挑発的発言や福建省沿岸部での軍事訓練などによって、中華人民共和国政府は常に中華民国政府に圧力をかけ続けている(台湾問題)。
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