ノルウェーによる領有以後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 23:52 UTC 版)
「ブーベ島」の記事における「ノルウェーによる領有以後」の解説
1927年、ノルウェーの船 Norvegia の乗組員が上陸して小屋を建設し、数か月間生活した。このことが「先占」の実績であるとして、ノルウェー隊の隊長であるラース・クリステンセン (Lars Christensen (explorer)) は1927年12月1日にこの島がノルウェー領であると主張。1928年1月23日、ノルウェー王の裁可を経てブーベ島(ノルウェー語: Bouvetøya)はノルウェーの領域に編入された。 イギリスはノルウェーの主張を認めて請求権を放棄。1930年にノルウェーの法律が成立し、ノルウェー王国の主権下の「属領」となった(王国の一部ではない)。しかしドイツの南極探検隊が1939年に立ち寄っている。 1950年代から1960年代にかけて、南アフリカ政府から気象観測拠点としての関心が寄せられたが、あまりにも厳しい気象条件のために断念されている。1971年、ブーベ島とその領海は自然保護区に指定された。1977年にはノルウェーによって無人の気象観測拠点が設置された。 1979年9月22日、アメリカの人工衛星ヴェラが、ブーベ島とプリンスエドワード諸島の間で大規模な核爆発のような閃光を観測した(ヴェラ事件)。南アフリカ共和国の核実験ではないかという説があるが、原因はよくわかっていない。 1994年、ノルウェーは38立方メートルのコンテナによるフィールド・ステーションを建設した。2007年10月19日、ノルウェー極地研究所 (Norwegian Polar Institute) は、フィールド・ステーションが衛星写真で確認できなくなったと報告した。のちの調査によって、氷の地すべりか雪崩によって建物が押し流されたと判明した。2009年現在、フィールド・ステーションの再建が計画されている。なお、無人気象観測拠点はダメージを受けていない。
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