ダマスカスの聖ヨアンネスとは? わかりやすく解説

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ダマスコのイオアン

(ダマスカスの聖ヨアンネス から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/08 06:55 UTC 版)

ダマスコの聖イオアン676年頃 - 749年12月4日, ギリシア語: Ιωάννης Δαμασκήνος, ラテン語: Iohannes Damascenus, アラビア語: يوحنا الدمشقي‎, ロシア語: Иоанн Дамаскин, 英語: John of Damascus)は、キリスト教聖人であり、ギリシャ教父の一人。ダマスコのヨハネダマスコスのヨアンネスなどとも転写される。また、ヨハネス・ダマスケヌスと表記されることもある。現代ギリシャ語からはダマスコスのイオアンニスとも転写される。聖像破壊運動に反対する論陣を張った事、ギリシャ語での神学的著作、聖歌作曲などで知られる。アラブ人キリスト教徒の家庭に生まれ、母語はアラビア語[1]


注釈

  1. ^ ハナアン…カナンの日本正教会における転写・表記[1]
  2. ^ 新約聖書に記された、イイスス・ハリストス(イエス・キリストのギリシャ語読み)の十字架刑に際して、ハリストスの右側に架けられた盗賊が天国に入れられた出来事を指す。
  3. ^ 処女のまま、神であり人であるイイスス・ハリストスを産んだ、生神女マリヤ聖母マリア)を指す。
  4. ^ 天使で構成される軍のこと。
  5. ^ アミン…「アーメン」(ギリシア語: Αμήν)の現代ギリシャ語読み。詳細はアーメンを参照。
  6. ^ マル・サバは483年に造られた世界で最も古い修道院の一つで、カッパドキア出身の修道士、聖サバス英語版によって創立されたと伝えられている。エルサレムの南東、約10キロメートルに位置するケデロンの谷にそびえ立っている。

出典

  1. ^ a b c d 『中世思想原点集成3 後期ギリシャ教父・ビザンティン思想』翻訳、解説 小高 毅p.590
  2. ^ 『中世思想原点集成3 後期ギリシャ教父・ビザンティン思想』翻訳、解説 小高 毅pp.591-593


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