ソ連における運用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/12 15:56 UTC 版)
「An-26 (航空機)」の記事における「ソ連における運用」の解説
An-26は、ソ連空軍の軍事学校や軍事輸送航空部隊、防空軍の補助単位部隊、海軍全艦隊の海軍航空隊、国境軍と内務省管轄の国内軍で使用された。ソ連軍のAn-26は、アフガン戦争に投入された。第50独立混成航空連隊のAn-26は、軍部隊や軍事物資、傷病者の輸送に従事し、遠距離にある駐屯部隊の支援を行った。また、4発の500kg爆弾を搭載して爆撃機としても使用された。 民間のAn-26は、ソ連における全民間航空局で使用された。北部や極東ではAn-26は商用貨物の他、乗客の輸送も行った。アルハンゲリスク民間航空局では、北極探索のためにAn-26が使用された。 An-26は、さまざまな調査のための試験機としても使用された。1971年には、耐氷装置の試験に使用された。1971年-1972年にかけては、未舗装滑走路における負担過重と振動に関する試験に使用された。1972年にはまた、爆撃兵装の試験も行われた。1975年には、パラシュート物資投下システムPGS-200が試験された、An-26Pは、1991年にシベリアにて森林火災の消火活動を行った。 An-26は、各国で開催された航空サロンに出展されている。主なものは、1969年と1971年のル・ブルジェ空港におけるパリ航空ショーと、1972年の名古屋における航空ショーが挙げられる。1991年には、An-26は3つの世界記録を打ち立てている。 1991年のソビエト連邦の崩壊後は、独立した各国で運用が継続されている。特に多数のAn-26を運用しているのは、ロシア連邦軍、ウクライナ軍、カザフスタン共和国軍などである。ウクライナでは2010年まで運用する予定である。また、ANTK アントーノウでは後継機としてAn-140TやAn-140-100を開発している。
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