スピーチ・ディベート活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/02 09:34 UTC 版)
「リバティ大学」の記事における「スピーチ・ディベート活動」の解説
リバティ大学大学間政策ディベートプログラムは、全米ディベートトーナメントでディビジョン優勝を複数回果たしている(2006年、2007年、2009年、2010年、2011年)。この全体的なランキングでは、代表戦、副代表戦、新人戦が含まれる。代表戦順位は、2005年では20位であったがその後順調に順位を伸ばし、2011年には4位となった。 2016年まで、州高校リーグ主催のバージニア州ディベート選手権(VHSL)の会場としてキャンパスを提供していた。しかし、2015年に発生したサンバーナーディーノ銃乱射事件以後にファルエル学長が述べた言及が論争を呼び、リバティ大学が高校イベントを開催するのに適切かどうかについて、多くの高校生、教師、ディベート指導者、父兄が疑念を抱いた。実際に複数のチームが2016年大会への不参加を決定した。さらに、事務局は「ハラスメントや脅迫、精神的苦痛のない環境」を確保するために2017年以降会場として使用しないことを決定した。 2017年、リバティ大学ディーベートチームは3つのディベート大会(ADA、CEDA、NDT)でトップの座についた。1年間で同時に3つの大会でトップとなるのは史上初である。さらに、CEDAでは8年間トップの座についており、これは大会記録となっている。 同年、同学の学生新聞「チャンピオン」の前編集者であるウィル・ユンは彼の経験をワシントン・ポストで述べ、就任した最初の週に大学の事故記録簿を入手しようとして非難されたこと、事務局が頻繁に学生編集者の決定が覆したことなどを明らかにした。さらに、2016年以降「ファルエルらが導入した思想統制システムがリバティ大学の学生生活全てに浸透している。」と述べた。いくつかの文献によると、ユンは大学が学生のパソコンにスパイウェアを導入していると信じている。大学のやり方に不満を持った学生ジャーナリストたちは独立紙「リンチバーグ・トーチ」を立ち上げた。
※この「スピーチ・ディベート活動」の解説は、「リバティ大学」の解説の一部です。
「スピーチ・ディベート活動」を含む「リバティ大学」の記事については、「リバティ大学」の概要を参照ください。
- スピーチディベート活動のページへのリンク