コカ・コーラの誕生
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「ザ コカ・コーラ カンパニー」の記事における「コカ・コーラの誕生」の解説
19世紀末のアメリカ合衆国では、医師不足から代替医療、殊に自然療法や万能薬が広く庶民に多く受け入れられ、自然療法医や薬剤師は、自らの治療法や薬剤の売り込みに躍起になっていた。 その一方で、1867年に人工的な炭酸水の製造法が発明されると、何らかの効能があると思われていた炭酸水を、顧客の注文に応じて調合して飲ませるソーダ・ファウンテンが薬局に併設されるようになった。こうして売り出された炭酸水には、当然薬効を謳うものも多く、万能薬同様に売り込み競争が激しかった。 そんな自然療法家の一人に、ジョージア州アトランタを拠点に活動するジョン・S・ペンバートン (John S. Pemberton) がいた。南北戦争で負傷したペンバートンは、モルヒネ中毒になっており、薬物依存症を治すものとして、当初注目され始めたコカインを使った薬用酒の開発を思いついた。この種の薬用酒には既に類似品が多く出回っていたので、ペンバートンは、ワインにコカインとコーラのエキスを調合した『フレンチ・ワイン・コカ』を、精力増強や頭痛の緩和に効果のある薬用酒として、1885年から売り出した。 フレンチ・ワイン・コカは「ドープ(英語: dope=麻薬)」と言う隠語で人気を博したが、やがてコカイン依存症が問題となるとともに、禁酒運動の席巻により、フレンチ・ワイン・コカが売れなくなる恐れが出てきた。そこでワインに代えて、炭酸水の風味付けのシロップとして売り出すことにして、ペンバートンのビジネスに参加した印刷業者のフランク・M・ロビンソンによって『コカ・コーラ』と名づけられた。このコーラは、1886年5月8日に発売されている。
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