クハラカズユキとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 人名 > 音楽家 > 演奏家 > 日本のドラマー > クハラカズユキの意味・解説 

クハラカズユキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/09 09:59 UTC 版)

クハラ カズユキ
別名 キュウ
生誕 (1969-04-03) 1969年4月3日(56歳)
出身地 日本 北海道北見市
学歴 明治学院大学経済学部卒業
ジャンル ロック
職業 ドラマー
担当楽器 ドラム
活動期間 THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
1991年 - 2003年
The Birthday
2006年 - )
事務所 base inc.
TRIPPIN' ELEPHANT RECORDS
共同作業者
公式サイト クハラカズユキ rockin'blues
テンプレートを表示

クハラ カズユキ1969年4月3日 - )は、日本ドラマー1991年から2003年までTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの、また2006年からThe Birthdayのメンバーとして活動していとで知られる。

愛称は「キュウ」。thee michelle gun elephant時代は身長165cmと公表していたが実際は161cm。血液型はO型。既婚。

来歴

北海道北見市出身。小学生の頃に、RCサクセションなどに影響を受けドラムを始める。エレクトーンを習っていて、手と足別々に弾くことからドラムはすんなり叩けるようになった。中学時代はザ・スターリンTHE STREET SLIDERSに夢中になる。北海道北見北斗高等学校時代はラグビー部に所属。試合前に自分を鼓舞するためにFLATBACKERを聴いたりしていたという[1]1987年度の第67回全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場したが、大阪府立北野高等学校に23対7で敗れた[2]。ちなみに北野高校は橋下徹が出場しており、この試合で橋下にトライを決められている。

進学校に通っていたものの大学受験に失敗し(本人曰く「総すべり」)、卒業後単身で上京し浪人生活を送る。本人によると「いまでも夢に出てうなされるぐらいの暗黒っぷりだった」といい[1]、自身のブログでも「浪人時代は生き地獄の代名詞」と語っている[3]

このような時期を経て1989年明治学院大学経済学部商学科に進学。学内のバンドサークル「世界民族音楽研究会」でウエノコウジと出会い、1990年11月、大学2年時の学園祭のライブを機にチバユウスケがボーカルを務めていたthee michelle gun elephantに参加。後に同バンドのリーダーとなる。1991年、thee michelle gun elephantは本格的に活動を開始。当時はプロ志向こそなかったものの、次第に就職よりもバンドの方に気持ちが傾くようになったため、「もう1年時間くんねえか、それで何も無かったら家に帰る」と親に約束し、就活せず1993年3月に明治学院大学を卒業。

その後しばらくはフリーターをしながらバンド活動を続けた。しかし一向に芽が出なかったため、親との約束通り1年で実家に帰り1994年に地元の北見市役所へ就職。公務員としての勤務の傍ら週末に東京に行ってライヴをするという生活をしばらく続けていたが、程なくバンドに専念したいという気持ちを抑えきれなくなり、デビューの当てさえなかったにもかかわらず翌1995年に北見市役所を10ヶ月で退職し東京に戻ってくる。その際親から勘当同然で実家を追い出されており、デビューが決まる頃にようやく和解できたという。

1996年2月1日、シングル世界の終わり」でメジャーデビュー。

アルバム『カサノバ・スネイク』発売頃(2000年)からモヒカンヘアーとなる。アルバム『ロデオ・タンデム・ビート・スペクター』発売時(2001年)に一度金髪にしたが、翌2002年から再びモヒカンに戻した。 2003年、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT解散。その後、うつみようこ&YOKOLOCO BAND、M.J.Q、qyb、jam students等に参加。また、サポートドラマーとしても活動。2006年には、チバユウスケらとThe Birthdayを新たに結成。

エピソード

敬愛するミュージシャンは、モトリー・クルードクターフィールグッドザ・フーテレビジョンRCサクセションダムドザ・スターリン。また、ヘヴィメタル好きでもある。使用しているドラムのメーカーはCANOPUS。スネアは同メーカーのハンマード・ブロンズ。漫画家和田ラヂヲと親交がある。

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT関連

デビュー当時は普通の髪型で黒縁メガネを着用しており、おぎやはぎ矢作兼のような素朴な風貌をしていた。そのためクハラが加入した際に「ミッシェルってルックス重視じゃなかったの?」と、チバがサークル仲間にツッコまれたこともあったという。ツアーで北海道に行く時は、メンバーが見るのも嫌になるほどクハラの父がカニをふるまう。

洗濯したてのバリバリのシーツが好きである。thee michelle gun elephant時代に出演した『ミュージックステーション』(テレビ朝日)や、2003年頃にMTVで放映された番組では「毎日バリバリのシーツを用意してくれる」という理由で、ツアー中のホテル暮らしが大好きだと発言していた。ドラム以外にもギタートランペットの演奏ができる。アルバム『SABRINA HEAVEN』ではトランペットを録音。また、その後のツアーでもトランペットを吹く事があった。

参加バンド

※太字は現在活動中のバンド。かつて所属していたバンド等も含む。

サポート

※特筆のない限りドラム参加。ゲスト参加等も含む。

出演

脚注

  1. ^ a b 「不滅の名盤 」×「MUSIC SOUP -45r.p.m.-」 - TSUTAYA/ツタヤ
  2. ^ 経済の伝書鳩』 2010年8月7日付
  3. ^ 日々もろきゅう 夢吹き荒れる
  4. ^ ヤマジカズヒデと元筋肉少女帯の石塚伯広とのバンド
  5. ^ 鈴木淳奥野真哉とのバンド
  6. ^ OHIO101WEB BIOGRAPHY PAGE”. www.ohio101.net. 2024年3月5日閲覧。
  7. ^ 百々和宏、ソロ名義の新ユニットにクハラカズユキを招聘、有江嘉典とともに秋ツアー開催 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス”. SPICE(スパイス)|エンタメ特化型情報メディア スパイス. 2024年3月5日閲覧。
  8. ^ 第1期、フェスティバルでのセッション

外部リンク


クハラカズユキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/16 21:51 UTC 版)

The Birthday」の記事における「クハラカズユキ」の解説

ドラムス担当。元thee michelle gun elephantうつみようこ&YOKOLOCO BAND、M.J.Q、qybのメンバー

※この「クハラカズユキ」の解説は、「The Birthday」の解説の一部です。
「クハラカズユキ」を含む「The Birthday」の記事については、「The Birthday」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「クハラカズユキ」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「クハラカズユキ」の関連用語

クハラカズユキのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



クハラカズユキのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのクハラカズユキ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、WikipediaのThe Birthday (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS