この概念をめぐる議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/01 03:19 UTC 版)
「社会的市場経済」の記事における「この概念をめぐる議論」の解説
ハンス=ルドルフ・ペータース(ドイツ語版)は次のように批判している。「社会的市場経済の概念は、定義がはっきりせず、社会的な部分で意味があいまいであるために、選挙のために社会福祉政策を乱用し、票集めに走るといった事態を招いている。そこから徐々に市場経済の土台を破壊するような社会主義化が生じることもありうる」。ルートヴィヒ・エアハルトは、「度を越した社会福祉国家の危険性」を早くから明確に知っていた。つまり、「社会的市場経済」という大衆受けする政治スローガンを使わないようにすれば、「きっともっと透明性を高める」ことになるだろうということである。 ハインツ・グローセケットラー(ドイツ語版)は次のような見解を持っている。社会的市場経済という表現はしばしば再分配の要素が強い市場経済であると考えられている。しかしその理論を創設した人びとはそのようには考えていなかった。 ラルフ・プタック(ドイツ語版)は次のように述べている。ミュラー=アルマックへの攻撃は、「ドイツ・ネオリベラリズムの実際の戦略的ジレンマ」を覆い隠しているだけである。つまり「一方では、戦後の並外れた経済成長は、社会的市場経済の結果として作りだされたものとされた。この経済成長は、その後に『新』自由主義の根本との解釈されている。しかし他方で、ドイツの事実上の発展が、社会福祉国家という不景気の始まりであるに向かう運命にもあったと言える。社会的市場経済が妥協ばかりしていて一貫した秩序政策をとらないからである」。「しかし、実際には、ミュラー=アルマックと、彼に依拠した経済政策は、この二つの極のあいだで揺れ動いてきた」。 フリードヘルム・ヘングスバッハ(ドイツ語版)によると、社会的市場経済の「市場原理主義的な観点」は、「完全競争市場を理念型的に構築したもの」であるということだ。神の見えざる手、流動的な価格の信号機、独立した消費者と市場の合理的な決定、このような幻想は、発見手続きとしての競争という考えのもとで作られ、読者を喜ばせた。しかしこのような考え方は、実証的な研究ではなく、先験的な仮定から推論されたものであって、つまり純粋な構築物である。社会的市場経済の概念は「政治的闘争の常套句」へと退化していくことも避けられなかった。ヘングススバッハは、このような政治的敵対者と戦うために、これまで培われてきた様々な考えのうちの良い所をつまみ食いする「新社会的市場経済」という政策提案も紹介している。
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