人間ども集まれ! 人間ども集まれ!の概要

人間ども集まれ!

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/27 01:25 UTC 版)

人間ども集まれ!
ジャンル SF漫画
漫画
作者 手塚治虫
出版社 実業之日本社
その他の出版社
虫プロ商事講談社文藝春秋
掲載誌 週刊漫画サンデー
レーベル ホリデー新書マンガシリーズ
手塚治虫漫画全集
発表号 1967年1月25日号 - 1968年7月24日号
テンプレート - ノート
プロジェクト 漫画
ポータル 漫画手塚治虫

概要

週刊漫画サンデー』(実業之日本社1967年昭和42年)1月25日号から1968年(昭和43年)7月24日号まで連載されたのち、大幅な修正を経て、1968年12月に実業之日本社から初めて単行本化された。

カレル・チャペックの『山椒魚戦争』をヒントとして描かれた作品[1]で、人間の奴隷として作り出された、男性でも女性でもない特殊な人類「無性人間」が、やがて人間に対して反乱を起こすに至るまでを描いた作品である。

それまで少年誌・少女誌を中心に活躍してきた手塚治虫が、大人向けに描いた長編ストーリー漫画である。当時の掲載誌の性格に合わせ、「大人漫画」風の簡略化されたタッチで描かれており、連載当時は文字もすべて手描き文字だった(単行本では写植文字に直されている)。手塚自身は、『手塚治虫漫画全集』版の「あとがき」で、「漫画集団の人たちの画風の影響をうけていることは事実ですけれども、なによりも、それまでのぼくの漫画の画風に限界を感じていたからです。子どもむけの、あかぬけしない、ごちゃごちゃしたペンタッチから、ぬけだしたいとも思っていたからです」と述べている。もっとも、「手塚治虫の漫画にしては、どうも荒けずりな、かきなぐりのようなペンタッチである、と批評されたりしました」という[2]。漫画コラムニストの夏目房之介は、大人漫画風に描かれている理由について、残酷描写やセックスを「それほどシリアスでなく描けること」を指摘している[3]

単行本化に際して結末が大きく変更されており、雑誌連載時はハッピーエンドだったものが、単行本ではアンハッピーエンドとなっている。実業之日本社から1999年(平成11年)に刊行された『完全版 人間ども集まれ!』(手塚 1999)では、従来の単行本の全文のほか、単行本化に際して削除・修正された箇所が抄録され、雑誌連載時の内容を知ることができるようになった。以下、単行本の内容については「単行本版」[注釈 1]、連載時の内容については「雑誌連載版」と表記する。

あらすじ

19XX年。東南アジアの独裁国パイパニアの戦争に義勇兵の名目で派遣された自衛隊員[注釈 2]天下太平は、その状況に嫌気がさして脱走し、同じく脱走中の日本人軍医大伴黒主と知り合う。やがて政府軍により捕えられた2人は、囚人として軍用医学研究所に送りこまれた。そこではクランプ所長のもと、男囚の精子と女囚の卵子を採取して人工授精させ、それを人工羊水の入った試験管の中で成長させることで、生まれながらの兵士を大量に育成する、という計画が進められていた。クランプは優生学の権威である大伴を共同研究者とする。太平の精子を検査したクランプと大伴は、そのシッポが2本あることを発見する。二人はこの精子に興味を抱き、太平を釈放する代わりに、すべての精子を研究に提供する、という内容の契約書にサインさせた。しかしその直後、軍用医学研究所は、女囚としてもぐりこんでいた女ゲリラのリラの仕掛けた爆弾によって爆破されてしまう。

リラたちのゲリラ村で、大伴は、太平の精子とリラの卵子を用いた人工授精児の生育を始める。そのこどもは、男でも女でもない「無性人間」だった。この無性人間第1号・未来が誕生するのとほぼ時を同じくして、パイパニア戦争は終結した。太平はリラと結婚して日本に戻ろうとする。一方、無性人間の研究を続けたい大伴は、元軍用医学研究所所属看護将校の美女リーチを利用して、太平を無感情な人間に人格改造しようともくろむ。

7年後、東京では、未来に続く第1期の無性人間たちが、太平とリラによって育てられていた。彼等はアリでいうところの働きアリのような性質を持ち、先天的に団体行動をとろうとする性質と、命令に徹底的に服従しようとする性質を持つことが明らかとなった。彼等に目をつけた「呼び屋」の木座神明は、無性人間を用いた戦争ショーを行うことを発案し、研究資金を必要とする大伴と手を組む。さらに、無性人間育成のためには日本の法律が邪魔だと考えた木座神は、インド洋の孤島を買い取って独立国「太平天国」を建国する、という計画を立てた。

さらに8年後、木座神は大伴と太平に、太平天国への移住準備が整ったことを報告した。その夜、太平がリラと未来を連れて逃亡したため、木座神は、黒滝組の親分・黒滝英二郎に、太平の捜索とリラの殺害を依頼する。太平たちは逃亡先で黒滝の部下二人組に発見され、リラは太平の目の前で射殺される。激怒した太平は、未来に命じて二人組を殺害させただけでなく、殺害の指示を与えた人物を片っ端から殺すよう命じた。その直後、太平は大伴と木座神に拘束されて太平天国に連れて行かれ、未来はいずこへともなく逃亡する。

14年後。無性人間は世界中で兵隊として使われるようになり、太平天国は無性人間の輸出で名を馳せていた。太平は、表向きは太平天国総統として独裁者を演じていたが、その実態は無性人間生産のための精子を提供するだけの役回りにすぎず、実際に国を牛耳っていたのは木座神と大伴だった。太平はある事件をきっかけに亡命を決意し、ベトナムの戦場へと輸出される無性人間たちに交じって逃亡する。

その頃、未来は東京で会員制バー「ぱいぱにあ」のマダムとなり、ひそかに無性人間のアジトを作っていた。未来は黒滝英二郎を籠絡して、リラ殺害の依頼者が木座神であることを聞き出し、黒滝を殺害する。

太平の逃亡から半年後。木座神は、かねてからの夢であった、無性人間による「史上最大の戦争ショー」を小笠原諸島父島で行うことを日本政府に提案し、協力を取りつけた。

同じころ、ベトナムからラオスへとさまよい出た太平は、ミンミンと名乗る16歳の女性型無性人間と出会った。彼女は、密輸出された太平の精子から生まれた無性人間で、自分を女性だと信じ込んでおり、太平に女性として惚れこんでしまう。ラオスの首都ビエンチャンにたどりついた太平の前に、袁太人と名乗る密貿易商が現れた。彼は木座神から無性人間製造用の精子を闇ルートで買い取り、無性人間を作って販売していた。袁は太平に精子提供を強要しようとし、太平はすんでのところでミンミンに救出される。

戦争ショーのニュースを知った太平は激怒し、袁と手を組んで、ショー阻止のため、ミンミンの率いる無性人間たちによる工作隊を父島に潜入させることを計画した。ミンミンたちの工作隊は戦争ショーの前夜に父島に上陸するが、折悪しく実弾射撃演習に出くわし、全滅してしまう。

翌日、戦争ショー開幕式のさなか、父島に潜入していた未来の率いる無性人間部隊がクーデターを起こし、木座神は自殺に追い込まれる。それに続き、全世界で無性人間の反乱が始まった。彼等は人間たちに対して去勢手術を強要し、わずか3か月のうちに全世界の人口の半分を去勢してしまう。かつてとは逆に、人間が無性人間の奴隷扱いを受ける時代が始まろうとしていた。

東南アジアをさまよっていた太平は、無性人間につかまって太平天国に連行される。処刑を覚悟していた太平だったが、未来をはじめとする無性人間たちはみな、太平を父親として敬愛していた。同じころ、東京で逮捕された大伴は、太平天国に連行され処刑された。大伴の助命を求める太平に対して、未来は、リラ殺害を命じた張本人は木座神と大伴だったことを告げる[注釈 3]

未来は太平に対し、自らがリラの代わりをつとめることを申し出る。だが、太平は未来に対して、人間を去勢したことをなじり、追い出してしまうのだった。

雑誌連載版と単行本版との差異

単行本では上記の場面で物語が終わっているが、連載時にはこの後、次のような物語が続いていた。

未来の前に、整形外科医の八崎教授によって起性手術を受け、女性として生まれ変わった元無性人間の九九九五四五二号が現れる。起性手術によって男性になった未来は、九九九五四五二号と結婚し、太平と和解した。そして、太平の命令によって去勢手術は中止され、無性人間たちは手術によって有性に生まれ変わり、人間は滅亡をまぬがれたのだった。

単行本化に際して連載最後の約2回半分と、それ以外で八崎教授の登場するシーンなどがカットされ、全体にわたって大幅な修正が施された。結末変更の理由について、手塚治虫自身は、『手塚治虫漫画全集』版の「あとがき」で、「このようなつきはなすような結末にしたのは、カレル・チャペックの「山椒魚戦争」のラストに感銘をうけた影響があると思っています」「ぼくはこういう終わり方のほうがすきです」と記している[2]。また、手塚プロダクション資料室長であった森晴路は、「のちに聞いたところによると、「結局ハッピーエンドですか」という担当編集者の感想に手塚治虫が反発して、アンハッピーエンドになったという」と記している[5]

漫画評論家の村上知彦は、連載中の1967年12月にクリスチャン・バーナードによる世界初の心臓移植手術が行われ、臓器移植に世界的な関心が集まったことが、起性手術という形でのハッピーエンドにつながったが、連載終了後に起こった和田心臓移植事件(1968年8月 - 10月)などを経て、「生命を手術で操作する恐ろしさに無感覚になってゆく人間への疑問」が生じ、そのことが結末の変更につながったのではないか、と指摘している[6]。いっぽう、漫画家のみなもと太郎は、連載時には「SF慣れしていない当時の読者には、未来世界がワカラナクなってしまう物語はついてこれない、という判断が働いた」が、それでは「「夢オチ」と結局同じ水準になるので、後世に残す単行本版は、人類の敗北のまま終らせたのかな」と推測している[7]

語句解説

パイパニア戦争
東南アジアの独裁国パイパニアにおける、政府軍と反政府軍との内戦[注釈 4]。政府軍側には日本の自衛隊と中華民国軍韓国軍が義勇兵の名目で参加している。どのような形で終わったのか、作中では明確には説明されていないが、戦後に軍用医学研究所関係者たちが戦争犯罪人として逮捕されていることから、政府側の敗北によって終結したものと見られる。
軍用医学研究所
パイパニア軍の研究所で、囚人や捕虜が人体実験の材料として用いられている。所長のクランプ博士によって、人工授精児による軍隊の育成計画が進められていた。
シボリ機
軍用医学研究所で使われていた、男性の精液を強制的に採取する装置。のちに大伴黒主によって模造され、太平天国でも使われた。最後は太平天国の「最高の責め道具」として、大伴自身の処刑に用いられた。
無性人間
天下太平の異常な精子から生まれた、第三の性を持つ人類。大伴黒主は「ホモ・パイパニア」という学名をつけている。アリでいうところの働きアリに該当し、生殖能力を持たない。生殖器の形状についての具体的な説明はないが、男性・女性のどちらともはっきり異なっている[注釈 5]半陰陽とは異なる。
通常の人間と変わらない自我や個性を持つが、同世代の間では無意識に統一行動をとろうとする性質があり、また、主人に徹底的に服従しようとする性質がある。
太平天国では、太平の精子と、全世界から取り寄せた女性の卵子を人工授精させ、人工羊水入りの試験管の中で生育させ、十月十日経った時点で保育室に移す、という方法がとられている。男親(太平)の異伝因子が強く、母親の異伝因子はほとんど消えてしまうため、優生学上の問題は生じない(なお、容貌は遺伝しないらしく、太平と見かけは全く似ていない)。見かけはギリシャ風の美少年型で、基本的に同じ顔をしている。成長速度は通常の人間と変わらない。男女どちらの役割も演じることができるが、乳房はないため、女性型になるときは胸に風船を埋め込んで膨らませる。
太平天国では男役と女役にふりわけられ、男役は兵士、女役は保母として育てられ、兵士として輸出されている。法的には人間と認められておらず、人間が無性人間を殺害しても罪に問われることはない。
雑誌連載版での設定(単行本では言及されていない)として、無性人間同士では抗体反応(拒絶反応)が起こらないため、2人の無性人間同士を手術で結合し、1人の無性人間として蘇らせることが可能である。また、成年に達するとそれ以上は老化しない。
太平天国
無性人間の育成などにかかわる様々な法的問題をクリアするため、木座神明が作った独立国。スマトラ島の南方洋上500海里に位置する島国。もとはネグロジェ王国に所属するサンゴ礁無人島だったが、木座神が安く買い取り、テキサスの成金からの出資を取りつけて建国された。国連加盟国。
表向きは天下太平総統の独裁国家だが、実際に国政を牛耳っているのは、国防相兼国務相兼科学省長官の大伴黒主と、大蔵・宣伝相および外相の木座神明である[注釈 6]。主産業は無性人間の輸出。
国旗は温泉マークを上下逆さにしたデザイン。無性人間は標識番号で管理されている。殺人は合法とされている。
ベトナム戦争
作中では進行中で、両軍に無性人間が従軍し、最前線では無性人間同士が戦っている。
小笠原諸島
昭和43年(1968年)日本に返還された。日本政府は自衛隊の基地を作ろうとしたが、革新勢力の反対運動に遭ったため、観光地として売り出すことにし、その開発と宣伝を兼ねて、木座神明の提案した戦争ショーを父島で行うことにした。小笠原返還は連載中の出来事であり、一種の時事ネタである。なお、父島に空港があることになっているが、実際には連載当時も2018年現在も空港は存在しない。
史上最大の戦争ショー
木座神明が発案した戦争ショーで、無性人間4万人を紅白両軍に分け、数日間にわたって殺し合いをさせる、という内容。

注釈

  1. ^ ただし、単行本も再刊のたびに修正が施されており、手塚の没後刊行の文春文庫版(1995年)ですら、『手塚治虫漫画全集』版(1978年)とはフキダシの形などに微妙な違いが見られるという[4]
  2. ^ 連載当時、自衛隊海外派遣は実現していなかった。海外派遣および戦闘参加にかかわる法的・政治的問題については、作中では特に言及されていない。
  3. ^ 連載時には、未来が木座神を脅して、大伴からリラ殺害を示唆されたことを聞き出す場面があったが、単行本で削除された。そのため、未来はいつ、どうやって大伴が首謀者であることを知ったのか、という点が曖昧になっている。
  4. ^ 単行本版では曖昧だが、連載時には独裁政権に対する人民軍の武装蜂起だと説明されていた[8]
  5. ^ 連載時には「くわしい描写をさけるが要はアナがあいてるだけ」と説明されていた[9]
  6. ^ 作中では「保育・教育庁」と「外務・通産省」がある描写がある。

出典

  1. ^ 手塚 1999, p. 633, 米沢嘉博「SFとしての「人間ども集まれ!」」.
  2. ^ a b 手塚 1978b, あとがき.
  3. ^ 手塚 1999, p. 630, 夏目房之介「手塚治虫の自己批判時代」.
  4. ^ 手塚 1999, p. 655, 編集部「「完璧版」ではない理由」.
  5. ^ 手塚 2010, pp. 432–433, 森晴路「「人間ども集まれ!」解説」.
  6. ^ 手塚 1999, pp. 637–638, 村上友彦「「人間ども集まれ!」とその時代」.
  7. ^ 手塚 1999, p. 639, みなもと太郎「お楽しみは久しぶりじゃ」.
  8. ^ 手塚 1999, p. 655, No. 8.
  9. ^ 手塚 1999, p. 447, No. 39 扉絵.
  10. ^ 峯島正行『回想 私の手塚治虫――『週刊漫画サンデー』初代編集長が明かす、大人向け手塚マンガの裏舞台』山川出版社、2016年12月16日、206頁。ISBN 978-4-634-15110-9 
  11. ^ 手塚 1999, p. 634, 編集部注.
  12. ^ a b 「手塚漫画を舞台化 現代劇センター真夏座が「人間ども集まれ!」を上演へ」『読売新聞』、2001年5月8日、夕刊、17面。
  13. ^ 手塚 2010, p. 433, 森晴路「「人間ども集まれ!」解説」.
  14. ^ a b 沿革”. 現代劇センター真夏座. 2018年11月26日閲覧。
  15. ^ 上演記録”. 現代劇センター真夏座. 2021年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年11月26日閲覧。
  16. ^ 「人間ども集まれ!」舞台化!”. TezukaOsamu.net (2016年5月31日). 2016年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月20日閲覧。
  17. ^ TCアルププロジェクト「人間ども集まれ!」”. まつもと市民芸術館. 2020年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月20日閲覧。
  18. ^ 舞台「人間ども集まれ!」再演が決定!”. TezukaOsamu.net (2018年6月15日). 2018年11月19日閲覧。
  19. ^ TCアルプが新たに立ち上げる、手塚治虫原作「人間ども集まれ!2018」上演決定”. ステージナタリー (2018年6月17日). 2018年11月19日閲覧。
  20. ^ TCアルププロジェクト「人間ども集まれ!2018」”. まつもと市民芸術館. 2018年11月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年11月19日閲覧。


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