扇形車庫とは? わかりやすく解説

扇形庫

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/27 05:53 UTC 版)

扇形庫(せんけいこ)(英:roundhouse)は、鉄道機関車格納庫の一形態であり、転車台を中心として構築された、形の格納庫をいう。




「扇形庫」の続きの解説一覧

扇形車庫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/24 02:07 UTC 版)

津山駅」の記事における「扇形車庫」の解説

津山駅西側には、かつて使われていた扇形車庫と転車台残されている。 詳しくは、津山まなびの鉄道館参照

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扇形車庫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 14:37 UTC 版)

京都鉄道博物館」の記事における「扇形車庫」の解説

扇形車庫は1914年大正3年)に建設され鉄筋コンクリート造車庫であり、2004年平成16年)に国の重要文化財指定ならびに土木学会選奨土木遺産選奨されている。また、2006年平成18年)にはJR西日本指定する鉄道記念物となり、2019年令和元年)には日本機械学会により機械遺産認定された。 車庫上部設置されている「小路蒸気機関車庫」の看板の「庫」の文字は、京都鉄道博物館としてリニューアルするにあたり2015年12月頃に「館」の字から改められたものである。 扇形車庫1番から7番までは動態保存車、8番から20番までは静態保存車収蔵となっているが、動態保存エリア梅小路運転区現役使用される車両整備施設で、中でも本線転機については当施設不在の時があり、静態保存車エリアについても展示都合上車両配置図の通りになっていない。大半車両が、1972年に前所属機関区から現役車両として、梅小路機関区への転属手続きが行われた。 収蔵車両は、2006年10月14日施設車歴簿・保守工具とともに群として準鉄道記念物指定された(ただし、広島鉄道学園展示当時1976年に準鉄道記念物指定されC62形1号機交通科学博物館当時2004年鉄道記念物指定されその後京都鉄道博物館移設した7105号機(義経号)、梅小路蒸気機関車館車両が準鉄道記念物指定された後の2009年収蔵され日鉄鉱業から譲渡された1080号機を除く)。 1070形蒸気機関車1080号機 - 1902年英国ダブス製。 1926年大宮工場にて改造された。1979年日鉄鉱業専用線廃車2009年9月14日日鉄鉱業からJR西日本譲渡され梅小路蒸気機関車館にて静態保存7100形蒸気機関車7105号機 - 1880年米国H.K.ポーター製。 「義経」号の通称知られる1923年、車籍抹消1963年10月、準鉄道記念物指定その後2004年鉄道記念物昇格2014年4月閉館した交通科学博物館から梅小路蒸気機関車館移設2014年10月10日梅小路運転区100周年記念して17年ぶりに動態復元され梅小路蒸気機関車館時代は「SLスチーム号」を牽引した実績があるが、京都鉄道博物館となって以降その実績がなく、時折機能保全のために単機構内走行する姿が見られる2019年3月頃にヘッドマークステーが設置されヘッドマーク掲出可能になった。同年4月末頃から5月にかけて、改元記念し平成」や「令和」のヘッドマーク掲出された。 8620形蒸気機関車8630号機 - 1914年汽車製造製。 8620形11号機。1972年9月弘前運転区より転入1979年に車籍抹消(有火保存となった以後、車籍はないものの動態保存されており、「SLスチーム号」の牽引機担当している。 9600形蒸気機関車9633号機 - 1914年川崎造船所製。 9600形34号機。1972年9月小樽築港機関区より転入1979年3月に車籍抹消(有火保存)されたものの動態保存されていたが、1987年以降静態保存されている。 B20蒸気機関車10号機 - 1946年立山重工業製。 1972年9月鹿児島機関区より転入1979年に車籍抹消後は静態保存されていたが、2002年10月梅小路蒸気機関車館開館30周年記念して動態復元された。ただし「SLスチーム号牽引機ではなく時折機能保全のために単機構内走行する姿が見られるC11形蒸気機関車64号機 - 1935年川崎車輛製。 1972年会津若松機関区より転入1976年3月16日山陰本線京都 - 丹波口間にて、高架化工事完成記念列車京都 - 二条間)を牽引1987年3月に車籍抹消され静態保存2021年9月9日より、企画展きかんしゃトーマス in 京都鉄道博物館」の連動企画として、外観きかんしゃトーマス仕様へと改造展示2022年1月10日まで行ったC51形蒸気機関車239号機 - 1927年汽車製造製。 1962年新潟機関区廃車1972年新潟鉄道学園教材として切開状態で保管されていた当機を長野工場外観のみ復元した後、梅小路蒸気機関車館にて静態保存2019年3月からは、お召列車牽引仕様へのお色直し施され前面への菊の紋章取付けや、デフレクターへの鳳凰装飾施された状態で展示されている。 C53形蒸気機関車45号機 - 1928年汽車製造製。 1950年梅小路機関区にて廃車後国鉄吹田教習所保管経て1961年から交通科学館(のちの交通科学博物館)に保存され以後静態保存交通科学館入館際し鷹取工場にて自走可能な状態に復元工事をされた。1972年10月10日梅小路蒸気機関車館開館際し交通科学博物館より移設され静態保存C55形蒸気機関車1号機 - 1935年川崎車輛製。 1971年旭川機関区より転入した1979年3月に車籍抹消C56形蒸気機関車160号機 - 1939年川崎車輛製。 1972年9月上諏訪機関区より転入2018年8月から「SLスチーム号」の牽引機として動態保存されている。かつては本線転機として主に「SL北びわこ号」「SLやまぐち号」に使用されたほか、過去には全国各地への出張運転の実績多数D51 200本線転機の座を譲り2018年5月27日の「SL北びわこ号」を最後に本線運転を終了した。 「SL北びわこ号」の運行終了併せて2021年9月30日から10月4日までのSLスチーム号は、本機牽引専用客車12系客車2両に変更した特別編成で運行された。 C57形蒸気機関車1号機 - 1937年川崎車輛製。 1972年10月新津機関区から佐倉機関区経て梅小路機関区転入転入直後1976年の「京阪100年号」の運転を除いて本線運転を行っておらず、構内転にまっていたが、本線上で動態保存本格化した1979年8月から「SLやまぐち号」を牽引し時折SL北びわこ号」も牽引する本線転機。「SLやまぐち号」運転期間中下関総合車両所新山口支所常駐するため、収蔵車両ありながら施設見られる機会は「SL北びわこ号」運転期間中と、中間検査全般検査を受ける時期のみと限られている。 C58形蒸気機関車1号機 - 1938年汽車製造製。 1975年北見機関区より転入C57 1とともに山口線本線運転も行っていたが、1984年1月本線運転を終了し1987年3月に車籍抹消以後静態保存2019年2月頃まではお召仕様での展示であったが、前述C51形239号機のお召仕様化の際に菊の紋章およびデフレクター鳳凰装飾が取外された。なお、当機がお召列車牽引した実績一度もない。 C59形蒸気機関車164号機 - 1946年日立製作所製糸崎機関区経て1972年9月奈良運転所より転入し1979年3月に車籍抹消以後静態保存C61形蒸気機関車2号機 - 1948年三菱重工業製。 1972年9月宮崎機関区より転入SL白鷺号の牽引など本線運転も担当した1979年3月に車籍抹消(有火保存)されたが、1987年3月車籍復活した。以後梅小路運転区に車籍を有し、「SLスチーム号」の牽引機として動態保存されている。 C62形蒸気機関車1号機 - 1948年日立製作所製1967年広島第二機関区廃車1976年3月、準鉄道記念物指定広島鉄道学園保管されていたが、1994年小路蒸気機関車移設され静態保存C62形蒸気機関車2号機 - 1948年日立製作所製1972年9月小樽築港機関区より転入SL白鷺号の牽引など本線運転も担当した1979年3月に車籍抹消(有火保存)されたものの、1987年3月車籍復活した。以後梅小路運転区に車籍を有し、「SLスチーム号」の牽引機として動態保存されている。 D50形蒸気機関車140号機 - 1925年日立製作所製1971年直方機関区より転入1979年3月に車籍抹消静態保存D51形蒸気機関車1号機 - 1936年川崎車輛製。 1972年浜田機関区より転入1972年11月から1973年11月までの間に東海道本線関西本線奈良線草津線SL運行目的とした団体臨時列車何度牽引している。動態保存されていたが、1986年5月車籍抹消後は静態保存D51形蒸気機関車200号機 - 1938年鉄道省浜松工場製。 1972年10月中津川機関区より転入1979年に車籍抹消(有火保存)されたが、1987年車籍復活し、梅小路運転区所属構内での展示運転用いられてきたが、2014年から本線転に向けた大規模修繕を受け、2017年から本線転機となった。「SLやまぐち号」、「SL北びわこ号」の牽引機となっており、「SLやまぐち号」運転期間中下関総合車両所新山口支所常駐するため、収蔵車両ありながら施設見られる機会は「SL北びわこ号」運転期間中と、中間検査全般検査を受ける時期のみと限られている。 D52形蒸気機関車468号機 - 1946年三菱重工業製。 D52形最終号機。1973年五稜郭機関区より転入し休車状態のまま1979年3月に車籍抹消し静態保存

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