藤原房前 官歴

藤原房前

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/24 14:01 UTC 版)

官歴

注記のないものは『六国史』による。

系譜

尊卑分脈』による。

『麻績氏系譜』では「中臣不比登」は「妻麻貫玉取ノ子ヲ養嗣」とし、それが房前公であったとしている。

能のなかの房前

房前は能楽海人』の登場人物としても知られる。この能によると、房前大臣は亡き母を訪ねて讃岐国、志度の浦を訪れる。そこで聞かされたのは父不比等と母である海女の物語。

「13年前淡海公(不比等のこと)はある目的をもってこの地にきた。そこで一人の海女とであい、子を儲けた。淡海公は海女に この地にきた目的は、唐の高宗から下賜された宝物『面向不背の珠(めんこうふはいのたま)』を興福寺に届ける際、志度湾沖で嵐にあい紛失し、それを探しだすことだと語る。海女はその宝物を竜宮から取り戻せば、身分の低い自分のようなものが生んだ子でも正式な息子として認めてくれるかと問い、淡海公の確約を得て海に飛び込む。そして竜宮へ赴き、自分の乳の下をかき切って体内に珠を隠し海上へ辿り着く。珠は見事に淡海公の手に取り戻されたが、海女は傷がもとで亡くなってしまう。淡海公は約束通り房前を正式な息子として都に連れ帰った」という物語である。

この話を聞いた房前は母の菩提を弔い、法華経の功徳で母は成仏したという。


  1. ^ 続日本紀』和銅2年3月5日条
  2. ^ a b 木本[2013: 25]
  3. ^ 瀧浪[2017: 7]
  4. ^ 高島正人「奈良時代における公卿補任の性格」『立正大学人文科学研究所年報』第7号、立正大学人文科学研究所、1969年12月、16-18頁、CRID 1520853835308255232hdl:11266/1389ISSN 0389-9535 
  5. ^ 野村忠夫『律令政治の諸様相』塙書房、1968年。
  6. ^ 高島正人「中納言・参議の新置とその意義」『立正史学』50、立正大学史学会、1981年9月。
  7. ^ 瀧浪貞子「参議論の再検討 : 貴族合議制の成立過程」『史林』第69巻第5号、史学研究会、1986年9月。CRID 1390290699822937216doi:10.14989/shirin_69_673ISSN 0386-9369。のち単著『日本古代宮廷社会の研究』思文閣出版〈思文閣史学叢書〉、1991年)に収録。
  8. ^ 木本[2013: 42]
  9. ^ a b 瀧浪[2017: 15]
  10. ^ 『続日本紀』養老5年10月13日条
  11. ^ 木本[2013: 77]
  12. ^ a b 木本好信 2011, p. 3.
  13. ^ a b c 瀧浪貞子「武智麻呂政権の成立 : 『内臣』房前論の再検討」『古代文化』第37巻第10号、古代学協会、1985年10月。のち単著『日本古代宮廷社会の研究』思文閣出版、1991年)に収録。
  14. ^ a b 瀧浪[2017: 16]
  15. ^ 懐風藻
  16. ^ 野村忠夫「武智麻呂と房前」『律令政治の諸様相』所収、塙書房、1968年。中川収「藤原四子体制とその構造上の特質」『日本歴史』第320号、1975年1月。
  17. ^ a b c d e 木本好信 2011, p. 2.
  18. ^ 辻克美「武智麻呂と房前」『奈良史学』第3号、奈良大学史学会、1985年12月、ISSN 0289-4874 
  19. ^ 増尾伸一郎「〈君が手馴れの琴〉考 : 長屋王の変前後の文人貴族と嵆康」『史潮』新29号、歴史学会、1991年6月。CRID 1520572357500271872ISSN 0385-762X
  20. ^ 並木宏衛「長屋王伝承」『武蔵野女子大学紀要』第9号、武蔵野女子大学文化学会、1974年3月。
  21. ^ 大山誠一「藤原房前没後の北家と長屋王家木簡」『日本歴史』第534号、吉川弘文館、1992年11月。
  22. ^ 渡辺久美、1975年[要出典]
  23. ^ 木本好信「藤原麻呂の後半生について : 長屋王の変以後の武智麻呂との関係を中心に」『甲子園短期大学紀要』第29号、甲子園短期大学、2011年3月、1-3頁、doi:10.24699/koshient.29.0_1ISSN 2434-0251 
  24. ^ 木本[2013: 149]
  25. ^ 中川収「続 藤原武智麻呂と房前」『政治経済史学』第347号、日本政治経済史学研究所、1995年5月。国立国会図書館書誌ID:3912536
  26. ^ 瀧浪[2017: 19]
  27. ^ 木本[2013: 241]
  28. ^ 瀧浪[2017: 21]
  29. ^ 山野清二郎「『懐風藻』の詩風の變遷 : 藤原氏の詩から見て」『漢文學會々報〔漢文学会会報〕』第34号、東京教育大学漢文学会、1975年6月、28,34、doi:10.15068/00149243“『懐風藻』には藤原氏の詩が19首載せられている。不比等5首、武智麻呂なし、房前3首、宇合6首、麻呂5首(4首と数える見方もあり)である。” 
  30. ^ 令集解』衣服令朝服条
  31. ^ 公卿補任
  32. ^ 類聚三代格』巻4


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