平将門 関連寺社

平将門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/21 14:53 UTC 版)

関連寺社

神田神社 神額 大鳥居吾朗 謹書
  • 神田明神 - 東京都千代田区にある神社。三之宮に除災厄除の神様「平将門命(まさかど様)」として祀る。明治7年(1874年)に一時、摂社・将門神社に遷座されたが、昭和59年(1984年 )に再び本殿に奉祀された[46]
  • 京都神田明神 - 京都市下京区にある祠。空也が将門の首級を祀り祟りを鎮め厚く供養し建立した小祠と伝わる[47]
  • 帝立山妙善寺 - 千葉県東金市にある寺院。東金市御門(みかど)にある。地名は新皇を名乗った将門に因む。将門が慈母桔梗の前の菩提を弔うために天慶元年(938年)4月、真言宗の一刹を建立し京の都より貞観法師を迎え開基したと伝えられる。戦国期に上総七里法華によって改宗、現在は顕本法華宗寺院である。
  • 香取神社 - 東京都江東区にある神社。天慶年間(938年947年)、藤原秀郷が当社で将門討伐の戦勝祈願をし、成就したことから弓矢を奉納し、「勝矢」と命名した由緒から今日ではスポーツの神として崇敬を集める[48]
    神田神社 社殿
    國王神社 - 将門終焉の地とされる茨城県坂東市にある神社。将門の三女・如蔵尼が、父の最期の地に庵を建てたのが国王神社の創建とされ、父の三十三回忌に当たって刻んだ「寄木造 平将門木像」を神体とする[49]
  • 将門塚 - 東京都千代田区東京メトロ大手町駅から徒歩3分のところにある。首を供養するために石碑が建てられている。偶然にも皇居大手門方面にあり滝口武者であった若き日の彼の様に、今でも皇居の守りを担っている。
  • 神田山延命院 - 茨城県坂東市にある真言宗智山派の寺院。将門の遺体を葬った胴塚がある。その胴塚を抱くように大きなかやの木が立っており、西側には、1975年(昭和50年)に東京都大手町の将門首塚から移された「南無阿弥陀仏」の石塔婆が建てられている。[50]
  • 駒形大神社 - 千葉県市川市にある神社。将門がこの地に出城を設けたという伝説があり、将門も祭神として祀られる[51]
  • 相馬神社 - 福島県相馬市にある神社。境内の国王社に素戔嗚尊相馬氏の祖と伝えられる平将門をあわせて祀る[52]
  • 長禅寺 - 茨城県取手市にある寺院。承平元年(931年) 将門が祈願寺として創建したと伝わる[53]
  • 築土神社 - 東京都千代田区にある神社。「相殿神」として将門を祀る。将門は東国においては英雄として祀り上げられるも、明治になると皇国史観の影響もあり、将門を「逆賊」のように評する風潮も見受けられた。それまで築土神社では将門を唯一の祭神としていたが、明治7年(1874年社格を意識して便宜上、天皇と関わりの深い神である天津彦火邇々杵尊霧島神宮より勧請してこれを「主神」とし、将門を「相殿神」として祀るようになった[54][55]
  • 七ツ石神社 - 山梨県丹波山村と東京都奥多摩町の境界の山、七ツ石山にある神社。山名の由来である頂上の露岩には、将門の影武者七人衆のわら人形を作り並べて敵がそれを射貫いた瞬間、岩に変化したという伝説がある[56]
  • 御首神社 - 岐阜県大垣市にある神社。南宮神社で将門の首が関東に戻ることにより再び乱の起こることを恐れ祈願したところ、神社に座す隼人神が矢をつがへ東に飛びゆく将門の首を射落とした。この首が落ちた荒尾の地に将門を神として崇め祀ることによって再びその首が関東に戻らぬよう、その怒りを鎮め霊を慰めるために創建されたのが御首神社であると伝わる[57]
  • 八幡の藪知らず - 千葉県市川市にある禁足地。一説に将門が朝廷軍と戦ったとき、将門軍の鬼門に当たった場所であるとされる[58]
  • 奈良の大仏 - 千葉県市原市 にある釈迦如来 像。創建の目的は不明だが、将門が関わったという伝承がある[59]
  • 鎧神社 - 東京都新宿区にある神社。一説に、藤原秀郷が重病を得た時、将門の鎧を円照寺内に埋め、一祠を建てて将門の霊を弔ったところ病が癒えたという[60]
  • 兜神社 - 東京都中央区神社境内には、「兜岩」とよばれるがあり、なぜ兜岩と呼ばれるのかは諸説あるが、その一説が、940年天慶3年)、将門を討ち取った秀郷が、岩がある当地で将門のを地中に埋めて供養したというもの[61]。この岩が「日本橋兜町」の地名の由来となっている。
  • 将門神社と首洗い井戸。千葉県我孫子市日秀に築かれた賀沼を眼下の望む高台南端に鎮座する神社。近くに「首洗い井戸(将門の井戸)」がある。
    門神社(奥多摩)神額      神田神社神 大鳥居吾朗 謹書
  • 将門神社 - 東京都西多摩郡奥多摩町棚沢178にある神社で、かつて日本武尊の祭った多摩八座の一といわれる穴沢天神があった地に、鎮守府将軍藤原利仁が陣中衛護の神として八干戈命を祭って多名沢神社を起こし、その後に将門の長男良門が亡き父の像を刻んで祀って以来、社号を平親王社と呼ぶようになったと伝わる。多摩川流域を領した三田弾正忠平次秀は将門宮を再修して地域の総鎮守とし、江戸期には棚澤村東部地区の鎮守であった。明治41年古里村棚澤の熊野神社に合祀されたものの、昭和50年に地域住民が神社を再建した。
  • 日秀観音 - 千葉県我孫子市。平将門の守り本尊と伝えられる観世音菩薩。
  • 首曲(くびまがり)地蔵。我孫子市日秀にあり、将門調伏を祈願した成田不動尊を嫌い、成田に顔を背(そむ)けた姿といわれる。

注釈

  1. ^ 笏を逆さに持たすなど作法に反し意図的である。没後しばらくして将門の娘が建立したとされる茨城県坂東市の国王神社の木造平将門像(茨城県指定有形文化財、国王神社神体)とは、肩や筋骨質の体つき、目の大きさ、顎の形等、印象が違う。
  2. ^ a b 桔梗と呼ばれる女性の伝承とその終焉の地(桔梗塚)も各地にあり彼女の、出自、将門ならび藤原秀郷との関係、将門をどのように裏切ったか、裏切りをしていないか、などが異なっていて定説は無い。
  3. ^ 一部の書籍(特に児童・生徒向けに書かれた物では疑問符付き)で903年とするが、これは将門が火雷天神(菅原道真)の生まれ変わりとするとの伝承からきていると考える者もいる。梶原正昭は、将門が反乱を起こした際に藤原忠平に宛てた書状の中に「(私こと将門は)少年時代にあなた様の家臣となって以来数十年云々」という意味の記述があることから、数十年を40年と仮定すると将門が忠平の家臣となったのは899年頃、その頃の将門の年齢は15 - 6歳であろうか、との可能性を示唆している[2]
  4. ^ 『尊卑分脈脱漏』『坂東諸流綱要』等によると、「犬養春枝女」または「県犬養春枝女」となっている。
  5. ^ 『歴代皇紀』の「将門合戦状伝」には、始め伯父の平良兼との間で争い、次に平真樹なる者に誘われて平国香や源護らと事をかまえるに至ったとしている。
  6. ^ 『将門記』では「介経基ハ未ダ兵ノ道ニ練レズ。驚キ愕イデ分散ス」と述べられている。
  7. ^ 『摂政忠平宛将門書状』には、「維幾の子為憲が公の威光を傘に猛威をふるったため、玄明の愁訴によってそれを正そうとして常陸に赴いたところ、為憲と貞盛が示し合わせて戦いを仕掛けてきた。」とある。
  8. ^ ただし『将門記』では興世王の献策に対して「將門ガ念フ所モ、啻斯レ而巳。(中略)苟モ將門、刹帝ノ苗裔、三世ノ末葉也。同ジクハ八國ヨリ始メテ、兼ネテ王城ヲ虜領セムト欲フ。」と答えたとしているが、この答えは後に出てくる『摂政忠平宛将門書状』の内容とは矛盾する。
  9. ^ 海音寺潮五郎は『悪人列伝 古代篇』にて、これを将門の無知の証拠として指摘している[6]
  10. ^ 扶桑略記』では、将門の戦死を貞盛の放った矢により負傷落馬し、そこに秀郷が馳せつけ首を取ったとされ、『和漢合図抜萃』では、秀郷の子の千常が将門を射落とし首級をあげたとされている。
  11. ^ こめかみの「こめ(米)と俵藤太の「俵」を掛け合わせたもの。

出典

  1. ^ 赤城宗徳 1970, p. 196
  2. ^ 梶原正昭 1976, pp. &#91, 要ページ番号&#93,
  3. ^ 中川克一『山陽外史』至誠堂、1911年、[要ページ番号]頁。 
  4. ^ 稲毛の歴史”. 千葉市. 2013年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月12日閲覧。
  5. ^ a b 木村茂光『平将門の乱を読み解く』吉川弘文館 2019年
  6. ^ 海音寺潮五郎『悪人列伝』 古代篇、文藝春秋文春文庫〉、2006年、[要ページ番号]頁。ISBN 4167135485 
  7. ^ 川尻秋生 2009a, p. 13.
  8. ^ 関幸彦『武士の原像 都大路の暗殺者たち』(吉川弘文館、2020年)
  9. ^ 川尻秋生 2009a, p. 22-23.
  10. ^ 早川由紀夫、小山真人:日本海をはさんで10世紀に相次いで起こった二つの大噴火の年月日 : 十和田湖と白頭山 Bulletin of the Volcanological Society of Japan 43(5) pp.403-407 1998-10-30, ISSN 0453-4360
  11. ^ 宮瀧交二 2009, p. 126-133.
  12. ^ 村上春樹 2009, p. 209.
  13. ^ 村上春樹 2009, p. 209-210.
  14. ^ 乃至政彦 2019, p. 21-27.
  15. ^ 川尻秋生 2009a, p. 20.
  16. ^ 川尻秋生 2009b, p. 237.
  17. ^ 村上春樹『平将門伝説』汲古書院、2001年。ISBN 4762941611 
  18. ^ a b c 福田豊彦『平将門の乱』(岩波書店、1981年)211頁
  19. ^ 国書刊行会編 1925, p. 3.
  20. ^ 石下町史編さん委員会 1988, p. 130-134.
  21. ^ a b 国書刊行会編 1925, p. 21.
  22. ^ a b 村上春樹 2009, p. 213.
  23. ^ 織田完之 1905, p. 34.
  24. ^ 織田完之 1907, p. 36-37.
  25. ^ 幸田露伴 1925, p. 177.
  26. ^ 大森金五郎 1923, p. 13.
  27. ^ 石下町史編さん委員会 1988, p. 144-150.
  28. ^ 大森金五郎 1923, p. 13-14.
  29. ^ 乃至政彦 2019, p. 75.
  30. ^ 大森金五郎 1923, p. 61-62.
  31. ^ 桜川市教育委員会 1989.
  32. ^ 石下町史編さん委員会 1988, p. 134-135.
  33. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 126-127.
  34. ^ 村上春樹 2009, p. 203-205.
  35. ^ a b 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 135.
  36. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 137-138.
  37. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 138-139.
  38. ^ 美浦村史編さん委員会 1995, p. 73.
  39. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 87-88.
  40. ^ 樋口州男 2015, p. 67-70.
  41. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 94-96.
  42. ^ 柏市教育委員会 2007.
  43. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 140.
  44. ^ 梶原正昭・矢代和夫 1975, p. 104-106.
  45. ^ 村上春樹 2008, p. 46.
  46. ^ 神田明神とは”. www.kandamyoujin.or.jp. 2020年11月25日閲覧。
  47. ^ 年中行事”. www.kandamyoujin.or.jp. 2020年11月25日閲覧。
  48. ^ 香取神社|江東区”. www.city.koto.lg.jp. 2020年11月26日閲覧。
  49. ^ kokuoushrine. “由緒・歴史/國王神社とは | 國王神社 - 平将門公 終焉の地”. 国王神社/平将門公 終焉の地に佇む 坂東市・國王神社. 2020年11月26日閲覧。
  50. ^ 坂東市サイト/観光・歴史/延命院と胴塚(2021 年 2 月 26 日閲覧)
  51. ^ 流山市立博物館友の会 編「楽しい東葛寺社事典」『東葛流山研究』第34号、2016年、97p
  52. ^ 国王社本殿|相馬市公式ホームページ”. www.city.soma.fukushima.jp. 2020年11月26日閲覧。
  53. ^ 取手市. “長禅寺”. 取手市. 2020年11月26日閲覧。
  54. ^ 平将門(必勝祈願/勝運向上)”. www.tsukudo.jp. 2020年11月26日閲覧。
  55. ^ 天津彦火邇々杵尊(建築工事安全)”. www.tsukudo.jp. 2020年11月26日閲覧。
  56. ^ 生きるか死ぬかの瀬戸際…平将門が迷走した悲話が残る東京都の最高峰「雲取山」とは?”. ライブドアニュース. 2020年11月26日閲覧。
  57. ^ 首から上の大神様|御首神社 : 神社紹介/御祭神・由緒・ご利益”. www.mikubi.or.jp. 2020年11月26日閲覧。
  58. ^ 市川市|葛飾八幡宮と文化財”. www.city.ichikawa.lg.jp. 2020年11月26日閲覧。
  59. ^ 「奈良の大仏」修復へ 震災で損壊した市原市指定文化財”. www.chibanippo.co.jp. 2020年11月26日閲覧。
  60. ^ 鎧神社 - 東京都神社庁”. www.tokyo-jinjacho.or.jp. 2020年11月26日閲覧。
  61. ^ 兜町の史跡日本取引所グループ
  62. ^ a b 乃至政彦 2019, p. 44.
  63. ^ 大河ドラマ「風と雲と虹と」”. NHK. 2021年3月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月21日閲覧。






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