伊勢物語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/31 02:39 UTC 版)
作者と成立
作者、成立共に未詳。物語の成立当時から古典教養の中心であり、各章段が一話をなし分量も手ごろで、都人に大変親しまれたと考えられている。『源氏物語』には『伊勢物語』を「古い」とする記述が見られ注目されるが、一体『伊勢物語』の何がどのくらい古いといったのかは説が分かれており、なお決着を見ていない。
作者については古くから多く意見があった。藤原清輔の歌学書『袋草子』や、『古今集注』の著者顕昭、さらに藤原定家の流布本奥書に作者は業平であろうと記述があり、さらに朱雀院の蔵書塗籠本にも同様の記述があったとする。また「伊勢」という題名から作者は延喜歌壇の紅一点の伊勢であるとの説もあり、二条家の所蔵流布本の奥書に伊勢の補筆という記述がある。このように『伊勢物語』の作者論は、作品そのものの成立論と不即不離の関係にあり、『古今和歌集』と『後撰和歌集』の成立時期の前・間・後のいずれの時期で成立したかについても説が分かれていた。しかし近年[いつ?]では、『伊勢物語』と実在した業平との間には一線を画す必要があると考えられている[注 4]。
現在行われている成立論の一つとして、片桐洋一の唱えた「段階的成長」説がある。元来、業平の歌集や家に伝わっていた話が、後人の補足などによって段階的に現在の125段に成長していったという仮説である。ただし増補があったとするには、現行の125段本以外の本がほぼ確認できないという弱みがあり、段階的な成長を説くことに対する批判もある。また、最終的に秩序だって整理されたとするならば、その整理者をいわゆる作者とすべきではないか、という指摘も見られる。近代以前の作品の有り方は、和歌にせよ散文にせよそれ以前の作品を踏まえるのが前提であると考えられ、現代的な著作物の観念から見た作者とは分けて考える必要がある。
そのような場合も含めて、個人の作者として近年[いつ?]名前が挙げられることが多いのは紀貫之らである[注 5]。しかし作者論は現在も流動的な状況にある。
注釈
- ^ 東下りの途上にある男(※主人公)の一行は武蔵国と下総国の間を流れる隅田川を船で渡る。果てしなく遠くまで来たものだと皆が心細さを感じつつ都を恋しく思っていると、鴫(しぎ)ほどの大きさの鳥が水面を気ままに泳ぎながら魚を獲っているのが見えた。都では見ない鳥なので船頭にその名を訊いてみると、「都鳥(みやこどり)」だという。そこで男は次のように詠んだ。
それを聴いて船に乗っている人は一人残らず泣いてしまった。
- ^ ただし能の『井筒』では、この段の主人公は業平と同一視される。
- ^ この点が、同じく歌物語に属すとされながら、実在人物へのゴシップ的興味を前面に押し出している『大和物語』との顕著な相違点である。
- ^ 伊勢物語の重要な材料の一つに業平の歌集があったことは想定される。しかし明らかに『古今和歌集』との関係が強い章段も見られ、業平歌集と『伊勢物語』とは、一応別物であって単に筆を加えた物ではなく小説として書かれているのであり、古来根強く云われた業平の作という説は、近年[いつ?]は通用していない。[13]
- ^ 在原業平一門、源融を中心とする歌人仲間、伊勢、紀貫之等が擬せられている[14]。折口信夫(歌人・釈迢空)等は貫之作者説をとっていた。
- ^ ただし、北村季吟は『枕草子春曙抄』で、これを『語』第84段の「しはすばかりにとみのこととて御ふみあり」に関連付けて解釈し、「急用」の意であるとしている[16]。
- ^ 根源本奥書に「…後人以狩使事、書此物語之端。其本、殊狼藉左道物也。更不可用之」(九州大学所蔵伝為家筆本)とあり、また根源本によっては「伊行所為也」ともある。「伊行」とは藤原伊行のことで、この藤原伊行が「狩使本」の流布に関わっているという主張であるが、その真偽については定かではない。
- ^ ただし現在、東京国立博物館には『伊勢物語絵巻』三巻(摸本)が所蔵されているが、本来20段ほどのその章段の順序は125段本とは大きく相違し、冒頭には狩の使の段(69段)を置くことから、現存しない「狩使本」をもとにしているのではないかといわれている[20][21][22]。この絵巻は江戸時代の狩野派の絵師、狩野養信らによる摸本であるが、その原本は鎌倉時代に遡るものとされる[20][21][22]。
出典
- ^ 山下-春章, 07 と[09] MFA ※良質画像もあり.
- ^ a b c d e 小学館『デジタル大辞泉』. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c d e 三省堂『大辞林』第3版. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c d e f 平凡社『百科事典マイペディア』. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g 旺文社『旺文社日本史事典』. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c d 鈴木日出男、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c d 日立デジタル平凡社『世界大百科事典』第2版. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ a b c d e f 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “在五物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ “勢語”. コトバンク. 2020年5月26日閲覧。
- ^ 河地修 (2010年8月24日). “第12回『伊勢物語』作品論のために(一)- 伊勢物語論のための草稿的ノート”. 個人(研究者)ウェブサイト. 2020年5月27日閲覧。
- ^ 大津 1982 [要ページ番号]
- ^ 参考:雨海 1987 [要ページ番号]
- ^ 山下-春章, 30 ま[82] LACMA ※良質画像もあり.
- ^ a b c d 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “僻の物語”. コトバンク. 2020年5月27日閲覧。
- ^ 三省堂『大辞林』第3版. “井筒業平河内通”. コトバンク. 2020年5月27日閲覧。
- ^ 日立デジタル平凡社『世界大百科事典』第2版、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “競伊勢物語”. コトバンク. 2020年5月27日閲覧。
- ^ 高樹のぶ子さん×林望さん 伊勢物語と源氏物語の魅力 小説「業平」刊行 いま古典を読む意義語り合う『日本経済新聞』電子版(2020年6月12日)2020年8月6日閲覧
- ^ a b 山田 1966 [要ページ番号]
- ^ a b 伊藤 1984 [要ページ番号]
- ^ a b 田口 2003 [要ページ番号]
- ^ “勢語臆断”. コトバンク. 2020年5月27日閲覧。
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