しぜん‐し【自然史】
博物学
(自然史 から転送)
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博物学(はくぶつがく、英語: Natural history)は、動物・植物・鉱物などの自然物を記録(記載)し分類する学問[1]。ナチュラルヒストリー、自然史(しぜんし)、自然誌学(しぜんしがく)などともいう[2][3]。
古代からある学問であり[1][3]、特に大航海時代以降のヨーロッパで発展した[4]。現代の自然科学における生物学・動物学・植物学・鉱物学・地質学の総称にあたり[1][3]、生態学などの前史にも位置付けられる[5]。
日本語の「博物学」は、英語の「Natural history」の訳語として明治期に作られた[3]。そのため東アジアに博物学の伝統は存在しないが、慣例的に「本草学」が博物学と同一視される[6]。
概要
- 博物学の種類
博物学は近代以降、動物学・植物学・鉱物学・地質学などに細分化された。
博物学の主な作業や研究としてはフィールドワーク(野山など)に出向き、動物・植物・鉱物などを収集・同定・分類する作業や研究がある。研究成果は学術論文や書籍にまとめられる。#博物学の主な作業、研究
博物学の成果を展示する「自然史博物館」という施設もある。#自然史博物館
歴史
自然界に存在するものを収集・分類する試みは太古から行われてきた。自然に対する知識を体系化した書物としては、古代ギリシアではアリストテレスの『動物誌』、テオフラストス『植物誌』、古代ローマではディオスコリデスの『薬物誌』、プリニウスの『博物誌』などがある。
東アジアの本草学は、伝統中国医学における医薬(漢方薬)、または錬丹術における不死の霊薬(仙丹)の原材料の研究として発達した。明の時代に李時珍が書いた『本草綱目』はその集大成とも呼べる書物であり、日本にも大きな影響を与えた。
フランシス・ベーコンは自然史と自然哲学とを対比して、自然史は記憶により記述する分野であると規定、それに対し自然哲学は理性によって原因を探求する分野、とした(『学問の進歩』)。
ヨーロッパの大航海時代以降、世界各地で新種の動物・植物・鉱物の発見が相次ぎ、それを分類する手段としての博物学が発達した。薬用植物・茶・ゴム・コショウなど、経済的に有用な植物を確保するため、プラントハンターと呼ばれる植物採集者たちが世界中に散り、珍奇な植物を探して回った。また動物や鉱物なども採集された。動物の例で言えば、東南アジアのフウチョウなどの標本がヨーロッパにもたらされた。
カール・リンネとジョルジュ=ルイ・ルクレール・ド・ビュフォンはヨーロッパの博物学の発展を促した[7]。 リンネは、動物界、植物界、鉱物界という自然三界の全ての種についての目録作りを自然史と見なした。ビュフォンは『自然史』において、自然三界を体系的に記述しようとした。
1755年にはカントが『天界の一般自然史と理論』を著し、自然史の名のもとに、太陽系の生成についても記述した。
地質学の領域などで、次第に歴史的な研究が活発化すると、こういった研究については、記述することに重点がある自然史とは区別して考えようとする動きが出てきた。歴史的な考察に力点がある分野を、カントは「自然考古学」とすることを1790年に提唱。だが定着せず、歴史的な分析も含めて、自然史と呼ばれつづけた。
19世紀になると、ラマルクやトレヴィラヌスが「biology(生物学)」という学問名の領域を提案した。これは簡単に言えば、生物に関する自然哲学を意味していた。そして、これは自然史とは異なった分野として独自の方法論を展開するようになった。自然史の領域は領域で、知識の集積が進み、もはやひとりの人間が自然三界の全部について専門的な研究を進めるのは困難な状況になっていった。そして、19世紀後半(主にチャールズ・ダーウィン以降)に入ると学問が細分化し、博物学は動物学・植物学・鉱物学・地質学などに細分化された。そして「自然史」や「博物学」という言葉は、それらをまとめて指す総称ということになっていった。
近年では博物学、自然史という言葉は多義的に用いられおり、博物学に対する見解も様々である。1958年の日本学術会議では「(博物学は)いわば、自然界の国勢調査」と表現した。動物分類学や植物分類学だけを指すためにこの言葉が用いられることもある。また、アマチュア的な生物研究を指すためにこの言葉が用いられることもある。
博物学の主な作業、研究
ここでは博物学の中で行われた作業や研究について説明する。
フィールドワーク(野山など)に出向き、動物・植物・鉱物などを収集・同定・分類する作業や研究がある。
博物学の作業としては、自然物の採集とその同定が最初になる。なお、博物学者たちはその分類にも情熱を傾けた。
自然界にある多種多様のものを分類するために、さまざまな分類法が編み出された。たとえば、人間-高等動物-下等動物-植物-鉱物-火や空気という順に並んでいる「存在の階梯」という分類体系がある。これ以外にも、二分法による体系。三分法による体系など、さまざまな思弁的な分類法が考案された。これらについては荒俣宏著『目玉と脳の大冒険』[8]に詳しい。
スウェーデンの博物学者・植物学者のカール・フォン・リンネは生物の分類法として形式的には二名法による学名を考案し、分類の基準としては類縁性を元にした自然分類の観点を持ち込んだ。
博物学者としての面も備えていたチャールズ・ダーウィンは、1831年から1836年にかけてイギリス海軍軍艦ビーグル号で南アメリカや太平洋地域を調査探検し地質や生物を詳しく観察し記録した。そして『種の起源』を著して進化論を唱えた。
博物学の手段であった収集と比較と記述という手法は、生物の種の同定などといった手続きには厳として残っている(タイプ (分類学) の記事などを参照)。
現在の博物学
現在、博物学は学問分類体系としては名目上は残っていないが、自然科学研究のひとつの方法として博物学的研究は今でも不可欠である。これは、直接フィールド(野山など)に向かい、動物・植物・鉱物などを収集・同定・分類する研究である。
アマチュアの活動も大きい役割を担っている(いわゆる市民科学)。たとえば昆虫などは、各地の昆虫採集好きのアマチュアが新種を発見することも多い。あるいは、野生生物の不思議な特徴や珍しい行動がアマチュアによって発見され、新たな発展が行われた例もある。ヨーロッパでは、博物学的研究の趣味が伝統的にあって、それを楽しむ人は「ナチュラリスト」と呼ばれている。
生物の分類はDNAを解析する分子生物学による方法が主流になったが、今でも新しい薬効成分の発見にはフィールドで採集する植物が使われることがあり、製薬会社も博物学的手法を併用している。
天文学の分野でも、アマチュア天文学と呼ばれる多数のアマチュアによる人海戦術的で網羅的観察が彗星や新星の発見に役立つことがある。
日本と博物学
本草学
日本では奈良時代以来、中国の本草学の書物が読まれており、10世紀には『本草和名』という、本草の和名を漢名と対比した書物が編纂された。
江戸時代には、1607年の『本草綱目』の輸入をきっかけに本格的な本草学研究が興った。これを入手した徳川家康もこの年から本格的な本草研究を始めている[9]。林羅山は1612年に『多識篇』を著わし、『本草綱目』を抄出した。以後さらに研究が進められ、『大和本草』(1708年)を著わした貝原益軒や、田村藍水などの著名な本草学者が活動した。1738年には稲生若水が『庶物類纂』を編纂した。小野蘭山らは採薬使として各地の自然物を採集した。藍水門下の平賀源内は、物産会を開いたり、石綿や鉱山の殖産に携わったりした。
江戸時代中後期には、色鮮やかな図譜(図鑑・博物画)の制作も盛んになった。すなわち、魚介類・鳥類・植物などを『~図譜』『~譜』と題した書物にまとめることが流行した。図譜の多くは美術的にも評価が高い[10]。図譜はまた、実在する動植物だけでなく河童などの妖怪を扱うことも多いため、妖怪研究の要素ももつ[11]。図譜は徳川吉宗や増山正賢ら、各地の大名たちの命令で作られることが多く、ときには自身が制作に携わることもあった[12][13]。
江戸時代には、以上のような本草学だけでなく、古典園芸植物の研究や、『詩経』や『万葉集』に出てくる動植物の同定(名物学)も流行した。また、寺島良安が図解百科事典『和漢三才図会』を著したり、木内石亭や佐藤中陵が石の分類体系を構築したり[14]、木村蒹葭堂がイッカクの角を研究したりした。
西洋の博物学の移入
杉田玄白らによって蘭学が成立すると、ヨーロッパから渡ってきた博物学書の翻訳が行われた(翻訳自体は、その一世代前の野呂元丈がすでに行っていたが、これは一般に広まらなかった)。大槻玄沢や司馬江漢がオランダ渡りの図鑑をいくつか翻訳して公刊した。博物学書の知識は、幕府が危険視するような思想性が薄く実用的な知識でもあったため、積極的に受容され、本草学にも影響を与えた。
日本は島国であり、地形の起伏に富むため、固有種が多い。そのため大航海時代以降、ヨーロッパの学者は日本の動植物の研究を希望していたが、当時日本は鎖国政策を取っていたため入国ができなかった。そのようななかで、わずかにオランダ商人だけが出島への寄港を許されていたので、彼らに混じってやってきた学者たちがいた。代表的なのは「出島の三学者」と呼ばれるケンペル、ツンベリー、シーボルトである。彼らはいずれもオランダ人ではなかった。
この出島の三学者によって、西洋の博物学の手法が日本に紹介された。ケンペルは出島に薬草園を作った。ツンベリーはリンネの弟子であり、多数の植物を採集し、また中川淳庵・桂川甫周らに植物標本の作成法を教授した。シーボルトは動植物のみならず日本の文物を大量にオランダに送った。その中のひとつであるアジサイの一種を、日本での妻タキ(楠本滝)にちなんで「オタクサ(おタキさん、Hydrangea otaksa)」と名付けた。
幕末の黒船来航の際には、博物図鑑の大著『アメリカの鳥類』が幕府に献上された[15]。開国後には、ロバート・フォーチュンら多くのプラントハンターが日本に訪れた。
明治以降
明治に入ってから、伊藤圭介や田中芳男、お雇い外国人のモースらによって、博物学が正式に日本に移入された。当時はちょうど、博物学が動物学や植物学に細分化している過渡期でもあった。
主な学者として、南方熊楠・牧野富太郎[3]・松村松年[3]・仁部富之助[3]・箕作佳吉・岩川友太郎・飯島魁・黒田長礼らがいる。
上述のアマチュア博物学も盛んになり、特に華族・皇族が博物学に打ち込んだ[13](昭和天皇#生物学研究、明仁#科学者として)。
日本博物学史の研究
「日本の博物学史」の研究は、1970年代頃から始まった[10]。初期の主な研究者として、上野益三・木村陽二郎・磯野直秀・西村三郎・荒俣宏らがいる。先駆として戦前の白井光太郎がいる[16]。
博物学の語
「博物学」の語は「Natural history」の訳語として明治期に作られた[3]。「博物学」は戦前の小中学校の教科の一つでもあった[3]。
英語の「Natural history」は、広義には政治学・神学などに対立する自然科学一般を指し、狭義には上で説明した博物学のことを指す。この中間の意味として、「Natural philosophy」すなわち物理学と対立する学問を指すことがある。「自然」の内容がNatural history、形式がNatural philosophyとなるわけである。
「博物」という漢語は古くからあるが、意味は、自然物に限らず万物(特に奇譚や怪異)に博識なことを指し、張華『博物志』はそうした内容だった[17]。
江戸時代の宇田川榕菴は、西洋の博物学を「斐斯多里」(ヒストーリ)と呼び、本草学と似た学問と捉えていた[18]。
自然史博物館
ロンドン自然史博物館、カーネギー自然史博物館、スミソニアン博物館の一部である国立自然史博物館など、各国に「自然史博物館」がある。これは「Natural History Museum」の直訳である。この場合の「Natural history」の意味は広義の博物学、つまり自然科学一般を指す。
20世紀末以降、日本でも「自然史博物館」と名づけられた「Natural History Museum」が増えている[2]。
脚注
- 1 2 3 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) 國井嘉章『博物学』 - コトバンク
- 1 2 山田俊弘「記載の科学とその歴史研究――「ナチュラルヒストリーの歴史研究会」の15年」『生物学史研究』第94巻、2016年。doi:10.24708/seibutsugakushi.94.0_40。40頁。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 平凡社 改訂新版世界大百科事典 浦本昌紀『博物学』 - コトバンク
- ↑ 西川伸一. “【自然史(博物学)の誕生】”. JT生命誌研究館. 2025年3月17日閲覧。
- ↑ “Why Ecology Needs Natural History” (英語). American Scientist (2017年8月16日). 2024年12月18日閲覧。
- ↑ 木場, 貴俊『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』文学通信、2020年、100f頁。ISBN 978-4909658227。
- ↑ 河原啓子『芸術受容の近代的パラダイム:日本における見る欲望と価値観の形成』美術年鑑社、2001年、30頁。
- ↑ 荒俣宏筑摩書房、1987年。 ISBN 978-4480812391。
- ↑ 宮本義己「徳川家康と本草学」(笠谷和比古編『徳川家康―その政治と文化・芸能―』宮帯出版社、2016年)
- 1 2 今橋 2017, p. 序章 「花鳥画」研究への新たな光.
- ↑ 水虎考略 - 岩瀬文庫コレクション
- ↑ “殿様の博物学 | コラム | 描かれた動物・植物”. www.ndl.go.jp. 国立国会図書館. 2020年10月7日閲覧。
- 1 2 科学朝日編、磯野直秀ほか著『殿様生物学の系譜』朝日新聞社、1991年。
- ↑ 荻野, 慎諧『古生物学者、妖怪を掘る』NHK出版〈NHK出版新書〉、2018年。 ISBN 978-4140885567。(第二章四節「奇石考『雲根志』『怪石志』を読む」)
- ↑ 今橋 2017, p. 終章 海を渡った禽鳥帖―西欧と江戸時代博物図譜.
- ↑ “日本植物研究の歴史小石川植物園300年の歩み”. umdb.um.u-tokyo.ac.jp. 2025年3月8日閲覧。
- ↑ 西村三郎『文明のなかの博物学 西欧と日本 上』紀伊國屋書店、1999年。 ISBN 4-314-00850-4。217頁。
- ↑ 太田由佳 著「江戸時代の本草学 近世日本のナチュラルヒストリー」、日本科学史学会 編『科学史事典』丸善出版、2021年、340-341頁。 ISBN 978-4-621-30606-2。
関連項目
概念・理論ほか
- 分類学 (Taxonomy) - 生物を体系的に記載・命名・分類する学問。自然史の基盤的手法。リンネの二名法が標準化の礎。
- 系統学 (Systematics) - 生物間の進化的関係を研究し、系統樹を構築する学問。分類学と密接に連動。
- 博物誌 (Historia Naturalis) - プリニウス大プリニウスによる百科全書的著作 77–79年)。天文・地理・動植物・技術・医薬を網羅。
- 大存在の鎖 (Scala Naturae) - 鉱物・植物・動物・人間を完全性の階梯に沿って配置するアリストテレス起源の概念。リンネ以前の自然史の世界観。
- 自然神学 (Natural Theology) - 自然界の秩序や精妙な適応を神の設計の証拠とする思想。ジョン・レイ、ウィリアム・ペイリーが代表的論者。
- 二名法 (Binomial Nomenclature) - 属名+種小名でどの生物にも一意の学名を与えるリンネの命名体系。現在も国際的に採用。
- 進化論 (Theory of Evolution) - ダーウィン・ウォレスが独立に提唱した自然選択による種の変化の理論。自然史を記述から理論へ転換させた。
- 自然選択 (Natural Selection) - 適応的形質を持つ個体が生存・繁殖しやすいというダーウィンの中核機構。
- 生物地理学 (Biogeography) - 生物の地理的分布パターンとその原因を探る学問。ウォレス線など地域固有の分布を研究。
- 古生物学 (Palaeontology) - 化石記録を通じて過去の生物と地球史を研究。自然史の時間軸を大幅に拡張した。
- 地層学 (Stratigraphy) - 地層の重なりを解読し、地球の時間軸 地質年代)を確立する学問。
- 形態学 (Morphology) - 生物の形・構造を記載・比較する学問。分類と進化研究の基礎データを提供。
- 博物館学 (Museology) - 自然史博物館の収蔵・展示・保存・教育機能を研究する学問。
- 標本学 (Specimen Science) - タイプ標本を中核として、生物の物理的記録を収集・保管・活用する実践体系。
- 好奇心の陳列棚 (Wunderkammer) - 16〜17世紀ヨーロッパで貴族が珍品を収集・展示した部屋。近代自然史博物館の前身。
- 植物標本 (Herbarium) - 乾燥・押し花にした植物標本のコレクション。植物分類の国際的な基礎資料。
- 現代進化総合説 (Modern Synthesis) - 1930〜40年代にダーウィニズムとメンデル遺伝学を統合。マイヤー・ドブジャンスキーらが中心。
- フィールドワーク (Field Work) - 実験室ではなく自然環境での観察・採集・記録。自然史の主要な認識論的手法。
- ネイチャーライティング (Nature Writing) - 自然を第一人称の観察・省察で記述する文学的実践。自然史と文学の接点。
- 市民科学 (Citizen Science) - 訓練を受けていない一般市民による観察・記録データを研究に活用する手法 例:iNaturalist)。
- エコロジー (Ecology) - 生物と環境の相互関係を研究する学問。自然史の観察的伝統と定量的手法を継承・発展させた。
- 保全生物学 (Conservation Biology) - 生物多様性の保護を科学的・実践的に推進する応用分野。自然史的知識が基盤。
- GBIF (Global Biodiversity Information Facility) - 世界の標本・観察記録を集約する国際生物多様性情報基盤。10億件以上のデータを公開。
- iNaturalist - 市民が生物観察を投稿・共有・同定するデジタルプラットフォーム。現代の自然史実践の場。
- DNA バーコーディング - 標準的な遺伝子領域の塩基配列で種を同定する技術。分類学・自然史研究を革新。
- 古DNA aDNA - 博物館標本や化石から抽出した古代DNA。集団史・進化・絶滅研究に活用。
- フェノロジー (Phenology) - 季節と生物の発育・行動の関係を研究。気候変動の生物影響指標として注目。
- 系統地理学 (Phylogeography) - 系統関係と地理的分布を結びつけ、分散・隔離の歴史を解読する分野。
- 民族植物学 (Ethnobotany) - 人間文化と植物の関係を研究。先住民の植物知識も研究対象。
- 自然誌文化 (Culture of Natural History) - 自然史の実践が埋め込まれた社会的文脈――帝国主義・収集・書簡交換・性差――を分析する歴史・科学社会学的視点。
- 昆虫採集 (Entomological Collecting) - 甲虫・チョウ・ハチなど昆虫の採集・固定・標本化の実践。アマチュアが専門家を凌ぐ件数を産出してきた。
- 地質学 (Geology) - 岩石・鉱物・地層・地球内部を研究する学問。自然史の鉱物王国に対応し、産業革命時代に隆盛。
- 鉱物学 (Mineralogy) - 鉱物の組成・構造・産出を研究。自然史の三王国 動・植・鉱)の一柱。
- 海洋博物誌 (Marine Natural History) - 深海・珊瑚礁・潮間帯などの海洋生物を研究するフィールド自然史。チャレンジャー号探検が先駆。
- 鳥類学 (Ornithology) - 鳥類の形態・行動・生態・分布・系統を研究。アマチュア愛好家の貢献が特に大きい分野。
- 哺乳類学 (Mammalogy) - 哺乳類の系統・生態・行動を研究する専門分野。
- 爬虫両生類学 (Herpetology) - 爬虫類・両生類を対象とする分類・生態研究。
- 魚類学 (Ichthyology) - 魚類の形態・分類・生態を研究する専門分野。
- 藻類学 (Phycology) - 藻類の分類・生態・生化学を研究する学問。
- 菌類学 (Mycology) - キノコ・カビ・酵母など菌類を研究する学問。植物界から独立した王国として認識。
- 動物学
- 植物学
- 昆虫学
- 岩石学
- 古植物学 (Palaeobotany) - 化石植物・花粉]] 花粉分析)を通じた植物の進化史研究。
- 動物行動学 (Ethology) - 動物の自然な行動を観察する学問。ティンバーゲン・ローレンツが基礎を確立。
- 植物地理学 (Phytogeography) - 植物の地理的分布パターンを研究する分野。
- 深時間 (Deep Time) - 地球・生命の歴史が数十億年規模であるという認識枠組み。ハットン・ライエルが確立。
- 本草学
- 標本 (分類学)
- コレクション
- 好古家
制度・場・実践
- 自然史博物館 - 標本・化石・鉱物・人類学資料を収蔵・展示・研究する施設。収蔵件数は世界全体で10億超。
- 植物園 (Botanic Garden) - 生きた植物を系統的に栽培・研究・教育に活用する施設。キュー王立植物園が世界最大級。
- 動物園 (Zoological Garden) - 生きた動物の展示・研究・保全繁殖を担う施設。
- フィールドノート (Field Notes) - 自然史家が野外で記録する観察メモ。一次資料として科学的・歴史的価値を持つ。
- フィールドワーク
- 航海探検 (Voyages of Exploration) - ビーグル号・チャレンジャー号・エンデバー号など、標本採集・地理調査を兼ねた大航海。
- 探検隊・博物学者の旅 (Naturalist Travel) - フンボルト・ダーウィン・ウォレスらの多年にわたる遠征。新種の発見と理論形成の場。
- ロンドン・リンネ協会 (Linnean Society) - 1788年ロンドン創設。リンネの標本・書簡を所蔵。ダーウィン&ウォレスの共同論文が読まれた場。
- パーソン・ナチュラリスト (Parson-Naturalists) - 牧師業と博物学を両立した英国の知識人層。ギルバート・ホワイト・ジョン・レイが代表。
- 書簡ネットワーク (Correspondence Networks) - 18〜19世紀博物学者の知識共有インフラ。リンネを中心に欧米に広がった。
- Biodiversity Heritage Library (BHL - 自然史分野の歴史的文献を無料公開するデジタルライブラリ。
関連人物
古代・中世・ルネサンス
- アリストテレス (Aristotle) - 前384–前322、西洋自然史の始祖。動植物を直接観察し、生物分類と形態の基礎を築いた。『動物誌』など多数。
- テオフラストス (Theophrastus) - 前371–前287、アリストテレスの後継者。植物を体系的に記述した『植物誌』により「植物学の父」と称される。
- プリニウス大 (Pliny the Elder) - 23–79、ローマの百科全書家。37巻の『博物誌』で宇宙・地球・生物・技術を網羅。ヴェスヴィオ噴火観察中に没。
- ペダニオス・ディオスコリデス (Dioscorides) - 40–90頃、ローマ軍医。薬用植物を体系化した『薬物誌 (De Materia Medica)』は1500年以上参照された。
- アルベルトゥス・マグヌス (Albertus Magnus) - 1200–1280、中世スコラ哲学者。アリストテレスの動物学を注釈・拡張し、自然観察の伝統を継承した。
- フリードリヒ2世 (Frederick II - 1194–1250、神聖ローマ皇帝。『鷹術 (De Arte Venandi cum Avibus)』は中世における実証的鳥類学の先駆。
- コンラッド・ゲスナー (Conrad Gesner) - 1516–1565、スイスの博物学者。『動物誌]] (Historiae Animalium)』でルネサンス博物学の集大成を図る。
- ウリッセ・アルドロヴァンディ (Ulisse Aldrovandi) - 1522–1605、イタリアの博物学者。膨大な動植物図譜を作成。ボローニャの博物館・植物園を創設。
- アンドレア・チェザルピーノ (Andrea Cesalpino) - 1519–1603、植物の形態に基づく最初の体系的分類を試みた。「植物学体系の発明者」とされる。
- ガスパール・ボーアン (Gaspard Bauhin) - 1560–1624、6000種以上の植物を記載。二名法の先駆けとなる命名法を導入。
科学革命〜啓蒙時代
- ジョン・レイ (John Ray) - 1627–1705、英国の博物学者・牧師。種の概念を定義し、植物・動物・鳥類の包括的分類を行った自然神学の先駆者。
- アントニ・ファン・レーウェンフック (Antonie van Leeuwenhoek) - 1632–1723、オランダの顕微鏡製作者。微生物・精子・赤血球を初めて観察し、博物学の対象を肉眼外に拡張。
- カール・リンネ (Carl Linnaeus) - 1707–1778、スウェーデンの植物学者。二名法と階層的分類体系]] 界・綱・目・属・種)を確立。『自然の体系]] (Systema Naturae)』。「分類学の父」。
- ジョルジュ=ルイ・ビュフォン (Georges-Louis Leclerc, Buffon) - 1707–1788、フランスの博物学者。『博物誌 (Histoire Naturelle)』全44巻で動物・地球・人類を記述。「フランスのプリニウス」。
- ジョゼフ・バンクス (Joseph Banks) - 1743–1820、英国の植物学者。クック船長のエンデバー号に同乗し太平洋の植物相を調査。王立協会会長。
- ジルベール・ホワイト (Gilbert White) - 1720–1793、英国の牧師・博物学者。『セルボーン博物誌 (The Natural History of Selborne)』はネイチャーライティングの原点。
- ジャン=バティスト・ラマルク (Jean-Baptiste Lamarck) - 1744–1829、フランスの博物学者。獲得形質の遺伝 ラマルキズム)を提唱。脊椎動物・無脊椎動物の分類を体系化。
- ジョルジュ・キュヴィエ (Georges Cuvier) - 1769–1832、フランスの動物学者。比較解剖学・古生物学の父。「絶滅」の概念を確立。ラマルクと論争。
- エラズマス・ダーウィン (Erasmus Darwin) - 1731–1802、チャールズの祖父。詩の形式で生物の変化と進化の着想を記した。
19世紀:自然史の黄金時代
- アレクサンダー・フォン・フンボルト (Alexander von Humboldt) - 1769–1859、プロイセンの博物学者・探検家。南米探検をもとに植物地理学・気候学を確立。自然を有機体として把握する視点を提示。ダーウィン・ソロー・ミューアに多大な影響。
- チャールズ・ダーウィン (Charles Darwin) - 1809–1882、英国の博物学者。ビーグル号航海の観察をもとに自然選択による進化論を確立。『種の起源 1859)』。自然史を理論科学に転換した巨人。
- アルフレッド・ラッセル・ウォレス (Alfred Russel Wallace) - 1823–1913、英国の博物学者。アマゾン・マレー諸島探検。ダーウィンと独立に自然選択を提唱。生物地理学「ウォレス線」を確立。
- チャールズ・ライエル (Charles Lyell) - 1797–1875、英国の地質学者。斉一説]] (Uniformitarianism)を確立し、地球の「深時間」概念を普及。ダーウィンに決定的影響。
- ジェームズ・ハットン (James Hutton) - 1726–1797、スコットランドの地質学者。地質斉一説の先駆者。地球の古さを体系的に論じた「地質学の父」。
- アサ・グレイ (Asa Gray) - 1810–1888、米国の植物学者。北米の植物相を集大成。ダーウィンの進化論を米国に紹介・擁護した。
- ジョゼフ・ダルトン・フッカー (Joseph Dalton Hooker) - 1817–1911、英国の植物学者。南極・ヒマラヤ・モロッコを探検。キュー植物園長。ダーウィンの盟友。
- ヘンリー・ウォルター・ベイツ (Henry Walter Bates) - 1825–1892、英国の博物学者。アマゾンで11年過ごし8000以上の新種を採集。「ベーツ型擬態」を発見。
- エルンスト・ヘッケル (Ernst Haeckel) - 1834–1919、ドイツの博物学者・画家。精巧な生物図版で自然史を芸術と融合。「生態学Ökologie)」という語を造語。系統発生学を発展。
- リチャード・オーウェン (Richard Owen) - 1804–1892、英国の解剖学者。「恐竜]] (Dinosauria)」という名称を命名。ロンドン自然史博物館の設立に貢献。
- トーマス・ヘンリー・ハクスリー (Thomas Henry Huxley) - 1825–1895、英国の博物学者。「ダーウィンのブルドッグ」と称され進化論を公論で擁護。比較解剖学・古生物学に貢献。
- ジョン・ジェームズ・オーデュボン (John James Audubon) - 1785–1851、米仏の鳥類画家・博物学者。北米の鳥類を実物大で描いた『アメリカの鳥]] (Birds of America)』。
- ヘンリー・デイヴィッド・ソロー (Henry David Thoreau) - 1817–1862、米国の思想家・博物学者。『ウォールデン』は自然観察と内省を融合したネイチャーライティングの傑作。
- ジョン・ミューア (John Muir) - 1838–1914、スコットランド系米国の自然保護運動家・博物学者。ヨセミテの保全に尽力。シエラクラブ創設者。
- ルイ・アガシー (Louis Agassiz) - 1807–1873、スイス系米国の博物学者・地質学者。氷河時代の概念を確立。ハーバード大自然史博物館 (MCZ)を創設。
- ジョン・グールド (John Gould) - 1804–1881、英国の鳥類学者・画家。オーストラリアを含む多数の地域の鳥類を記載・図版化。ダーウィンのフィンチ研究に貢献。
20世紀:近代的総合と生態学への移行
- エルンスト・マイヤー (Ernst Mayr) - 1904–2005、ドイツ系米国の鳥類学者・進化生物学者。生物学的種概念 (BSC)を確立。現代進化総合説の立役者。ニューギニアで大規模フィールドワーク。
- テオドシウス・ドブジャンスキー (Theodosius Dobzhansky) - 1900–1975、ウクライナ系米国の遺伝学者。『遺伝学と種の起源 1937)』で遺伝学とダーウィニズムを接続。現代進化総合説の核心。
- ジョージ・ゲイロード・シンプソン (George Gaylord Simpson) - 1902–1984、米国の古生物学者。哺乳類の進化史を系統的に解明。現代進化総合説に古生物学を組み込んだ。
- ジュリアン・ハクスリー (Julian Huxley) - 1887–1975、英国の生物学者。進化総合説の提唱者の一人。ユネスコ初代事務局長。
- ウォルター・ボールドウィン・スペンサー (Walter Baldwin Spencer) - 1860–1929、オーストラリアの博物学者・人類学者。内陸部の動物相・先住民文化を記録。
- チャールズ・エルトン (Charles Elton) - 1900–1991、英国の動物生態学者。個体群生態学・食物連鎖・生態的地位 ニッチ)の概念を整備。自然史と生態学の橋渡し。
- アルド・レオポルド (Aldo Leopold) - 1887–1948、米国の生態学者・保全思想家。『砂地の郡の歴史 (A Sand County Almanac)』で「土地倫理]] (Land Ethic)」を提唱。保全生物学の精神的父。
- レイチェル・カーソン (Rachel Carson) - 1907–1964、米国の海洋生物学者・作家。『沈黙の春 (Silent Spring、1962)』で農薬による生態系破壊を告発し環境運動を触発。
- コンラート・ローレンツ (Konrad Lorenz) - 1903–1989、オーストリアの動物行動学者。刷り込み インプリンティングを発見。ノーベル生理学・医学賞]] 1973年、ティンバーゲン・フリッシュと共同受賞)。
- ニコラース・ティンバーゲン (Nikolaas Tinbergen) - 1907–1988、オランダの動物行動学者。行動の「4つの問い 至近・究極・発達・進化)」を定式化。ローレンツと共にノーベル賞。
- E・O・ウィルソン (E.O. Wilson) - 1929–2021、米国の昆虫学者・社会生物学者。社会生物学・生物多様性・生物親和性 バイオフィリア)を論じた。自然史の最後の巨匠の一人。
- スティーヴン・ジェイ・グールド (Stephen Jay Gould) - 1941–2002、米国の古生物学者。断続平衡説 (Punctuated Equilibrium)を提唱。自然史と進化論の卓越な著述家。
- デイヴィッド・アッテンボロー (David Attenborough) - 1926–、英国の自然史放送人。BBCドキュメンタリーで自然史を大衆に届け続けた。「生きた標本のバイブル」とも称される。
- ジョージ・B・シャラー (George Schaller) - 1933–、米国の野生生物学者。パンダ・ライオン・雪豹の生態研究と保全活動で世界的権威。
- ダイアン・フォッシー (Dian Fossey) - 1932–1985、米国の霊長類学者。ルワンダでマウンテンゴリラを長期研究・保護。
- ジェーン・グドール (Jane Goodall) - 1934–、英国の霊長類学者。チンパンジーの道具使用・社会行動を長期フィールド研究で解明。
日本の自然史・博物学の系譜
- 貝原益軒 - 1630–1714、江戸時代の儒学者・博物学者。『大和本草』 1709)で日本産動植物鉱物を記載した日本博物誌の嚆矢。
- 小野蘭山 - 1729–1810、江戸の本草学者。『本草綱目啓蒙』で中国・日本の本草知識を体系化。
- 伊藤圭介 - 1803–1901、日本初の理学博士。シーボルトから近代植物学を学びリンネ体系を日本に導入。
- 牧野富太郎 - 1862–1957、日本の植物分類学の父。生涯で2500種以上の植物を命名・記載。『牧野日本植物図鑑』。
- シーボルト (Philipp Franz von Siebold) - 1796–1866、ドイツの医師。長崎出島で日本の動植物を調査し『日本植物誌』を著した。ヨーロッパに日本の自然史を紹介。
- 南方熊楠 - 1867–1941、粘菌・民俗学・生態保全を横断した在野の博物学者。神社合祀反対運動で生態系保全を主張した先駆者。
- 平賀源内
- 小野蘭山
- 木村蒹葭堂
- 大高元恭
関連文献
- 今橋理子『江戸の花鳥画 博物学をめぐる文化とその表象』講談社〈講談社学術文庫〉、2017年(原著1995年スカイドア)。 ISBN 978-4062924122。
- 上野益三『日本博物学史』講談社〈講談社学術文庫〉、1989年(原著1948年星野書店 ; 1973年平凡社)。 ISBN 978-4061588592。
- 西村三郎『文明のなかの博物学 西欧と日本 上』紀伊國屋書店、1999a年。 ISBN 978-4314008501。
- 西村三郎『文明のなかの博物学 西欧と日本 下』紀伊國屋書店、1999b年。 ISBN 978-4314008518。
外部リンク
- 京都大学所蔵資料でみる博物学の時代 - ウェイバックマシン(2007年11月9日アーカイブ分)
自然史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 15:15 UTC 版)
動物エリアには2000体以上の標本がある。展示エリアは北アメリカ、アフリカ、北極、南極、南アメリカ、オーストラリア、インド、ヨーロッパ、台湾、鳥類、化石、隕石などに分かれている。
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「自然史」の例文・使い方・用例・文例
- リアルタイムのプラズマ大画面地震モニターが,6月末にニューヨークの米自然史博物館に初登場した。
- 最近,ロンドンの自然史博物館やその他の機関の科学者が,始祖鳥は飛ぶことができたと発表した。
- 本の真夜中の発売に合わせて,「ハリー・ポッター」シリーズの英国人著者J・K・ローリングさんはロンドンの自然史博物館で朗読会を開催した。
- シリーズ第1作はニューヨークにあるアメリカ自然史博物館を舞台にしている。
- やがて,自然史博物館に展示されていた1億3600万年前の卵が,不可解にも,ふ化していたことが判明する。
- 同シリーズは,ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館の夜間警備員ラリー・デリーの冒険を描いている。
- ロンドン自然史博物館のクリス・ストリンガー氏は「今回の発見は人類の進化について疑問を提起するもので,さらなる調査が必要だ。」と語った。
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