カール・ハインリヒ・ローゼンブッシュ
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カール・ハインリヒ・ローゼンブッシュ | |
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生誕 | 1836年6月24日 ドイツ アインベック |
死没 | 1914年1月20日(77歳没) |
研究分野 | 岩石学(記載岩石学) |
主な受賞歴 | ウォラストン・メダル(1903年) |
プロジェクト:人物伝 |
ハリー・ローゼンブッシュ、カール・ハインリヒ・フェルディナント・ローゼンブッシュ(Karl Heinrich Ferdinand Rosenbusch、Harry Rosenbuschと呼ばれる、1836年6月24日 - 1914年1月20日)は、ドイツの岩石学者である。
生涯
アインベックに生まれた。フライブルクの大学で博士号を取り、1873年から1877年までストラスブール大学の教授を務め、その後ハイデルベルク大学の鉱物学の教授を務めた。
ストラスブールの時代にルドルフ・フェスと偏光顕微鏡を使って岩石の組織を観察、分類する記載岩石学(petrography)の創始者となった。この分野の著書に1873年の Mikroskopische Physiographie der wichtigen petrographisch Mineralien や1877年の Die mikroskopische Physiographie und der Mineralien Gesteine などがある。
1903年にロンドン地質学会からウォラストン・メダルを受賞した。
関連項目
脚注
参考文献
- 小藤文次郎 「ローゼンブッシュ先生追悼會に臨みて」『地質學雜誌』21巻、247号、155-157頁、1914年。
- 新谷壽三 「逝けるローゼンブッシュ先生」『地質學雜誌』21巻、247号、157-159頁、1914年。
- 都城秋穂・久城育夫 『岩石学II - 岩石の性質と分類』 共立出版〈共立全書〉、1975年、ISBN 4-320-00205-9。
- 黒田吉益・諏訪兼位 『偏光顕微鏡と岩石鉱物 第2版』 共立出版、1983年、ISBN 4-320-04578-5。
「H. ローゼンブッシュ」の例文・使い方・用例・文例
- 彼らの人生に対する観点は還元主義で価値が下がる傾向のものだった−R.H.ロービア
- 手紙のことを釈明を試みた−H.E.スカダー
- 同性愛者であり、活発で、愛想のよい人生−H.M.レイノルズ
- 時にはっきりと理解されるもので、時にその意味は不透明であった−H.G.ウェルズ
- 芸術品のつもりで、それゆえ非商業的でないかもしれない−H.E.Clurman
- 説明は簡潔である、省略された語でさえ難解の一歩手前である−H.O.テイラ
- 別の場所に住んでいたため、守られた−W.H.ハドソン
- 緊急で重大であるとされる文学的な議論−H.L.メンケン
- 並外れて先見の明のある、戦後の関係でありうる経過についての覚書−R.H.ローヴェレ
- かすかな結論に向けて曇った問題を手探りする−H.T.ムーア
- 予期せぬ当惑させる発達系統−H.W.Glidden
- とても自然と親密なこの女の子−W.H.ハドソン
- 人はある意味で神のような力を得たので神のように振舞わなければならない‐R.H.ローヴェレ
- 活快な態度は非難されるが、内気な態度は賞賛される−H.O.テイラー
- 信心深くて順法精神のある人々 H.L.メンケン
- その活発な老人は、馬の上で、半生を過ごした−W.H.ハドソン
- 検察官は起訴された容疑者の告発を逆上させた−H.W.カーター
- 驚きの原則が、戦争のすべての原則に最も使用され誤用される−H.H.アーノルドとI.C.エーカー
- 私の意志の熱い手がつけられない馬−W.H.オーデン
- ソクラテスの内省、正直さ、および好奇心の強さ−H.R.フィンチ
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