GT 102
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/06/22 00:35 UTC 版)
ミューラーはGT 101の開発を継続する一方、元の設計の問題を避ける為にフリータービンエンジンの製造を提案した。1944年12月に計画を提示し、GT 102として開発が認められた。 GT 102の基本的なアイディアは、出力タービンをエンジン自体から完全に分離し、ガス発生器として使用することだった。コアエンジンはそれ自体に供給するのに十分な出力のみを発生し、戦車を駆動する為の出力は全く取り出されない。コアエンジンの圧縮機で圧縮された空気は全体の空気流量の30%で、コアエンジンと完全に分離され独自の燃焼室を備えた、2段式タービンへ管を通して送られた。これにより無負荷時にはタービンへ送られる空気を遮断する事によりタービン回転数を抑える事で原設計の無負荷時における回転数超過問題を避けた。これは同時に出力タービンが低速時にもコアを全速で運転できるようなった事で低速回転での回転力の大幅な向上をもたらした。この設計の唯一の欠点はもはやGT 101のような大きな回転質量を持たない事により重要なはずみ車によるエネルギーの貯蔵が出来ない事だった。 コアエンジンのタービン部は圧縮機から全ての空気を供給されなくなったのでGT 101よりも小型化する事が出来た。これによりエンジンは全体が短縮されたので、パンター戦車のエンジン区画の上部に横方向に設置できるようになった。エンジン右側の空間に出力タービンは配置された。 これは直列に変速機を配置により車両の前部にある通常の変速機へ出力軸を介して伝達される。この配置はGT 101よりもかなり実用的で"装甲の下"と同様に完全だった。GT 102の燃費はGT 101とほぼ同水準であるが本来、エンジンの冷却システムに使用されていたエンジン区画内の左側の空間が燃料の貯蔵に使えるようになったので燃料積載量は約2倍の1400リットルになり行動距離が原型となるガソリンエンジン車両と同規模になった。 GT 102の設計作業の大半は1945年初頭に完了し、2月15日に(最終的な設計のGT 101は)納入される予定だった。戦局の悪化により納入は実現しなかった。
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