2010年 - 2012年 : Bon Iver, Bon Iver
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ボン・イヴェールの2作目のアルバム制作はスタジオを建築するところからスタートした。ヴァーノンは2008年にウィスコンシン州フォールクリークにある獣医クリニックの跡地を購入しており、クリニックに付属する古いスイミングプールの上に録音スタジオApril Base studioが作られ、そこでアルバムのレコーディングが行なわれた。その場所を選んだ理由についてヴァーノンは「自分たちで建てたスタジオなのでとても自由がきくし、自分が育った家からわずか3マイル、両親が出会ったバーからわずか10分のところだから」と述べている。 2011年4月、バンドはジャグジャグウォーと4ADの公式サイトを通じて、ニューアルバムの詳細を発表する。アルバムのアートワークも公開され、担当したGregory Euclideはアートワークのメイキング映像をYouTubeで公開した。 アルバム発売一ヶ月前の5月23日には、アルバムが誤ってiTunes Music Storeで購入できる状態になってしまう。Appleはすぐにアルバムを削除したが、少数のユーザーがすでに購入してしまっていた。Appleやレーベルからは特に声明はなかったが、その後すぐにアルバムの歌詞が正式に先行公開された。 2011年6月21日、ボン・イヴェールの2作目のアルバム『ボン・イヴェール、ボン・イヴェール(Bon Iver, Bon Iver)』がリリースされる。アルバムはデビュー作の素朴な作風から一転し、ゴスペルやドローン音楽、エレクトロニカやポストロックまでも内包する壮大で野心的なサウンドへと変化した。ヴァーノンのボーカルには多重のエフェクトがかかり、演奏はオーケストラのように多彩で美しい音が重ねられていた。 アルバムは、全米ビルボード200で初登場2位を記録する。アメリカでは100万枚以上を売り上げプラチナム・ディスクに認定された。イギリスでは初登場4位を記録し、ゴールドディスクに認定された。アルバムからは「Calgary」「Holocene」「Towers」「Beth/Rest」の4曲がシングルカットされ、そのうち特に「Holocene」がヒットした。 アルバムの内容は各方面から絶賛され、ピッチフォーク・メディアは「ジャスティン・ヴァーノンが始めた控えめなソロプロジェクトは、壮大で野心的な素晴らしい結果を生み出すフルバンドへと成長した」と9.5点の高得点を付けた。音楽メディアが発表する年間ベストアルバムのランキングでは、PitchforkとPasteが1位に、Stereogumが3位、Qが4位、Uncutが9位、Spinが14位、Mojoが16位に選出した。 第54回グラミー賞では主要部門の最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞、最優秀新人賞の3部門とベスト・オルタナティヴ・アルバム部門にノミネートされ、そのうち最優秀新人賞とベスト・オルタナティヴ・アルバムを受賞する快挙を成し遂げた。 2011年8月、ボン・イヴェールはジェームス・ブレイクとのコラボレーション楽曲「Fall Creek Boys Choir」を発表する。この楽曲はジェームス・ブレイクが10月にリリースしたEP『Enough Thunder』からのファーストシングルとなった。 バンドのワールドツアーは2011年6月からスタートし2012年11月まで続いた。2012年は世界の大型フェスティバルに出演し、コーチェラ・フェスティバルではメインステージの準ヘッドライナーのスロットで演奏した。11月のツアー最終日のダブリンThe O2アリーナでの公演で、ヴァーノンはこれがバンドとしての最後のパフォーマンスであると発表する。ボン・イヴェールのレーベルJagjaguwarの代表は声明を発表し、2年間続いたアルバムツアーのサイクルを終えるだけで解散ではないと釈明した。その後、ボン・イヴェールは活動休止期間に入る。
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