1998 FIFAワールドカップ予選まで
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「サッカースロベニア代表」の記事における「1998 FIFAワールドカップ予選まで」の解説
スロベニアの国土は山がちであり、そのためウインタースポーツ、特にアルペンスキー競技が盛んに行われていた。一方で相対的にサッカーの人気は低く、旧ユーゴスラビア構成諸国家の中でも比較的ユーゴスラビア代表に輩出した人数は少ないものであった。そのため、スロベニアは他のナショナルチームであるセルビア・モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアに比して実力がないであろうと捉える向きが多かった。その評判通りで相性の悪さも手伝ってか、1991年にスロベニア代表最初の試合が行われて以来、2005年12月に至るまでスロベニアはこれら旧ユーゴスラビア構成諸国家4つの代表に対して1勝も挙げていなかった。 その中で実質的な初代代表監督を引き受けたズデンコ・ベルデニックの当面の仕事はUEFA EURO '96予選、そして1998 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選をどう戦うかと言うものであった。ワールドカップ出場経験がある中盤の要たるスレチコ・カタネッツが代表を引退し、カタネッツに代わってスロベニアの顔になったのは攻撃的な役割を担うズラトコ・ザホヴィッチであった。 EURO '96予選の滑り出しは、ホームながらイタリアを相手に引き分けと言う望外の出来であったが、イタリア以外にエストニア、リトアニア、ウクライナ、クロアチアが入ったグループで3勝2分5敗と大きく負け越して予選を終えた。続く1998 FIFAワールドカップ予選はギリシャ、デンマーク、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナと同組に入り、1分7敗という成績で最下位となった。
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