1952年に復元された「義經」と「しづか」とは? わかりやすく解説

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1952年に復元された「義經」と「しづか」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 02:54 UTC 版)

国鉄7100形蒸気機関車」の記事における「1952年に復元された「義經」と「しづか」」の解説

1952年昭和27年)は鉄道開通80周年の年であり、多く記念事業計画されたが、鷹取工場では「義經」を復元することになった。7105は帝国車輛テンダー外し不恰好な水槽炭庫取付けられタンク機関車改造されており、わずか4ヶ月あまりの慌ただしい日程ではあったが、見事に動態復元された。 北海道では、1952年9月日本製鋼所室蘭製作所不要となった7106がかねての約束どおり国鉄引き渡された。同機は、製鋼所でサドルタンク式タンク機関車改造されていたが、苗穂工場では7100の部品流用して10月復元完成させた。復元成った義經」と「しづか」は東京送られ10月14日鉄道記念日原宿駅宮廷ホーム揃って展示されている。一方で「しづか」に部品提供した7100は、苗穂工場解体された。 その後、「義經」は鷹取工場、「しづか」は苗穂工場保管されたが、「しづか」は1962年昭和37年)に小樽市手宮北海道鉄道記念館(現在の小樽市総合博物館)に移され、翌1963年昭和38年)には2両揃って鉄道記念物指定された。 「義經」は1982年に「みさき公園」の日本の鉄道博で動態展示された後、1990年平成2年)には大阪市開催され国際花と緑の博覧会会場内イベント列車として運転されその後大阪市港区交通科学博物館可動状態のまま2014年閉館まで保存展示された。1997年平成9年)には梅小路蒸気機関車館SLスチーム号蒸気機関車体験乗車)として運転された。「義經」は、2004年平成16年)に鉄道記念物昇格した。 「義經」と「しづか」の両機は、1952年東京展示された後、再会イベントが度々行なわれており、1968年昭和43年)、1980年昭和55年)、2002年平成14年)の3度いずれも北海道鉄道記念館で再会果たしている。 2010年10月14日には小樽市総合博物館保存されている「しづか」も鉄道記念物昇格した2014年3月12日西日本旅客鉄道4月6日をもって閉館する交通科学博物館から梅小路蒸気機関車館移設するにあたり、「義經」を再び構内運転が可能な状態に復元する発表した同年10月頃に復元完了しSLスチーム号などとして構内運転をさせる計画となっている。同年10月10日多く鉄道ファン見守る中、「義經」はその勇壮な走り披露した

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