鬼坊主清吉とは? わかりやすく解説

鬼坊主清吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/24 14:20 UTC 版)

雑司が谷霊園にある鬼坊主清吉の

鬼坊主 清吉(おにぼうず せいきち、安永5年(1776年) - 文化2年6月27日1805年7月23日))こと無宿清吉は、江戸時代盗賊である。

「坊主」はあだ名で僧侶ではなく、身体が大きく風体が異様だったことから。

生涯

牛込生まれ。父は漁師をしていたらしいが家は貧しく、京橋の加治屋という商家へ奉公に出される。盗みで捕縛され、入墨を入れられ重敲の刑を受けたが、非人小屋に入って入墨を消し日雇いとなった。しかし、入墨を消した罪で再び捕縛され、再度入墨を入れられた上で江戸追放の刑を受けた。しかしそんなものは鬼坊主にとって何の意味もなく、数人の仲間と徒党を組み、路上強盗引ったくり、武装強盗を連日にわたって繰り返し、懸命の捜査を行う町奉行火付盗賊改方をあざ笑うかのごとく、江戸中を蹂躙した。

あまりの神出鬼没ぶりに、この種の犯罪としては異例の人相書(通常は人相書が出回る罪は当時最も重罪だった逆罪、すなわち主人や親を殺傷する罪である)が作成され、非常捜査体制である捕物出役まで発動された。そのため上方へ逃亡し、文化2年(1805年)4月に捕縛された。なお捕縛された場所については、京都大仏堂前と伊勢との2説がある。

同年4月24日、江戸へ護送され、有名人である鬼坊主を一目見ようと群衆が押し寄せた。鬼坊主は北町奉行小田切直年の尋問に対して罪を認め、2ヵ月後の6月27日、市中引き回しの上、小塚原で仲間2名(無宿左官粂こと粂次郎24歳、無宿三吉こと入墨吉五郎28歳)と共に獄門にかけられた。享年30。

辞世は「武蔵野に名も蔓(はび)こりし鬼薊(おにあざみ) 今日の暑さに乃(かく)て萎(しお)るる」[注釈 1]

墓所は、東京都豊島区雑司ヶ谷霊園

鬼坊主清吉が登場する作品

歌舞伎

小説

テレビドラマ

脚注

注釈

  1. ^ 落語『鬼あざみ』では「武蔵野にはびこるほどの鬼あざみ 今日の暑さに枝葉しおるる」、池波正太郎『鬼坊主の女』では「武蔵野に名ははびこりし鬼あざみ 今日の暑さに少し萎れる」とされている。

出典

参考文献

関連項目





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「鬼坊主清吉」の関連用語

鬼坊主清吉のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



鬼坊主清吉のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの鬼坊主清吉 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS