非民主的な政党構造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 04:53 UTC 版)
「大韓民国の政党」の記事における「非民主的な政党構造」の解説
「頻繁な政党の離合集散」でも指摘したように、民主化後の主要政党は地域感情を背景として強い影響を有していた三金の「私党」で、彼らが資金・人事・公認権を通じて党運営を牛耳っていた。 これは1988年の国会議員選挙以降、特定地域における排他的支持基盤を持つ政党公薦の有無、つまり選挙における国会議員候補の公薦権を有する領袖の支持の有無が候補者の当落を左右するようになった結果、多くの議員や候補者達は政党領袖の意向に従うようになったためである。そのため党の構造は中央集権的な構造で民主的機能が弱かった。 近年、総裁職の廃止、大統領と党代表職の兼任禁止、最高委員会を中心とする集団指導体制導入、大統領候補や国会議員候補の選出過程における一般有権者参加型の制度導入など、大統領(候補)の影響力を弱め、より党の自立性を強化する改革 が行われた。党改革により、これまでの上意下達式の候補者決定から下意上達式の候補者決定になったことで、2002年大統領選挙において、湖南政党である民主党における党内基盤が脆弱であった嶺南地域出身の盧武鉉が党外有権者の支持を得て同党の大統領候補に選出された。しかしその後の民主党(と後継政党)は、党のアイデンティティ低下と深刻なリーダーシップ不在を招く結果となり、政治学者の一部からは一連の党改革が党のリーダーシップの低下、党組織の形骸化を招き、韓国政党制による民主主義を悪化させたと指摘する声もある。
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