後継政党
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その後、冷戦崩壊で西側の支援が途絶えた事で反ベトナム勢力は苦境が続き、国際連合カンボジア暫定統治機構による1993年カンボジア国民議会選挙ではカンプチア民主党(英語版)を中心としたカンプチア国家統一党(英語版)を設立して参加を検討したが、結局は選挙のボイコットを宣言した。選挙後に立憲君主制が採用されてノロドム・シハヌークが復帰するとカンプチア国家統一党は非合法政党として解散を命じられた。1996年までにはクメール・ルージュ系の武装勢力は大部分が掃討され、潜伏していたポル・ポトも1998年に死亡した。 途中でカンプチア共産党から分派した(彼ら自身はクメール人民革命党時代の後継を自称している)カンボジア人民党は現在もカンボジア政界の主導権を握り、首相や閣僚を輩出している。 表 話 編 歴 カンボジアの政党 国民議会に議席を有する政党 与 党カンボジア人民党 野 党フンシンペック - 民主主義同盟党 過去に存在した政党サンクム(人民社会主義共同体) - クメール・ルージュ(カンプチア共産党) - 仏教自由民主党 - サム・ランシー党 - 人権党 - ノロドム・ラナリット党 - カンボジア救国党 Portal:政治学 - 政党の一覧 - カンボジアの政治
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後継政党
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「ユーゴスラビア共産主義者同盟」の記事における「後継政党」の解説
SKJ自体は消滅したが、SKJの路線を受け継ごうという動きは存在した。その1つがユーゴスラビア新共産党(NKPJ)である。NKPJは旧KPJの伝統を受け継ぐ後継政党であると自認していたが、SKJのチトー主義とは異なる路線をとった。その他に旧SKJの軍人を中心としたユーゴスラビア運動共産主義同盟(SK-PJ)や、SKJの名をそのまま踏襲した政党があったが、いずれもその影響力は小さく、間もなく衰退していった。
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