退任騒動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 01:38 UTC 版)
上記直後の8月、新任の小池百合子(防衛大臣)が、守屋の退官と後任に官房長(警察庁出身)を内定した旨の記事が新聞各紙に報道された。これが相談無しに行われたとして、守屋は反発。騒動の際、小池は守屋の対応に対し「夜に二度、携帯電話に電話したが出ず、折り返し電話があったのが翌日朝であり、危機管理上どうなのか」と批判した。守屋は塩崎恭久(内閣官房長官)に根回しをし、塩崎長官が「小池大臣が手順を誤ったやり方をした」と批判した結果、防衛官僚人事が膠着状態となった。最終的に、事態の早期終結を図りたい安倍晋三(総理)が守屋の退官を発表し、小池・守屋双方の推す事務次官候補をそれぞれ退けて、防衛省生え抜きの増田好平(防衛省人事教育局長)を後任に内定した。 小池は8月28日に内閣改造に伴って退任することとなり、防衛省の講堂で行われた離任式に際し、守屋は「率先垂範して仕事に立ち向かわれ、数々の成果を上げた。大臣が防衛省を離れることは誠に寂しい限り」との退任を惜しむ挨拶をしたが、マスコミ各社は「役人らしい全く心にもない言葉でまさに面従腹背だ」というコメントが数多く寄せられた。自らも3日後の8月31日に退官した。ちなみに退職金は6600万円だったが、逮捕後に自主返納している。高村正彦(小池の後任)は防衛大臣就任直後、退任する守屋を慣例に従って顧問にするかどうかが問われたが顧問に任命しなかった。
※この「退任騒動」の解説は、「守屋武昌」の解説の一部です。
「退任騒動」を含む「守屋武昌」の記事については、「守屋武昌」の概要を参照ください。
- 退任騒動のページへのリンク