辺幣の発行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/08 07:11 UTC 版)
「中華民国期の通貨の歴史」の記事における「辺幣の発行」の解説
一方、黄土高原の奥深い、陝西省延安に拠点を置く中国共産党は、着実に解放区(辺区)を広げていた。解放区ごとに辺区銀行と呼ぶ発券銀行を設立して辺区券(「辺幣」)を発行した。解放区のある地域の名前をとった「華中銀行」、「東北銀行」、「北海銀行」、「冀東銀行」などの銀行がお札を発券した。辺区は日本軍占領地の広大な後背地に作られた抗日根拠地であり、日本系の銀行券の普及を阻んだ。共産党は、「辺幣」により日本系通貨を回収し、その流通を禁じた。解放区内の通貨を統一し、物資の移動を制限し、さらに回収した日本系通貨を用いて必要物資を日本軍支配地域から逆に調達した。共産党は、日本軍よりも高い値段をつけて購入するので、日本軍支配地域内の共産党嫌いだった富裕層も含めて、次第に共産党シンパを増やしていった。日本は通貨戦争で苦戦が続き、物資調達のために、軍部は前線をさらに拡大せざるを得なかった。米国による中国援助ルートの切断のための雲南ビルマルート作戦、さらに仏印(現・ベトナム、カンボジア、ラオス)進駐、最後には対米開戦に突き進んだ。 詳細は「日中戦争#第二次世界大戦下の中国戦線」および「太平洋戦争#開戦を決意(四回の御前会議)」を参照 日本軍は、軍票や「儲備券」の大量増刷を行い、インフレ要因をばらまいて、「大東亜共栄圏」内の住民生活を苦境に追い込んだ。その上、「法幣」や「辺幣」の偽造まで行うようになった。
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