試作銃
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 02:51 UTC 版)
「トンプソン・サブマシンガン」の記事における「試作銃」の解説
1917年9月、小銃から「塹壕箒」へと方針を改めた後の最初の試作銃が作られた。1丁のみ作られたこの銃は、ベルト給弾機構を採用しており、パースエーダー(Persuader, 「説得者」、「言うことを聞かせるもの」の意)と称された。試験では2、3発の射撃ごとに弾詰まりが起こるなどの不良が相次ぎ、いくつもの原因が指摘されたが、最も大きな欠陥はベルト給弾機構の設計にあった。「塹壕箒」のアイデアの元、銃の重量は可能な限り軽量であることが求められ、各部品の軽量化が図られた結果、発射速度は極めて高くなり、この点がベルト給弾の不良に繋がっていた。最終的にはベルト給弾方式の断念、およびほとんどの部分の再設計を余儀なくされた。 1918年の夏までに、主要な設計上の問題を解決した試作銃、アナイアレーター I(Annihilator I, 「絶滅者」、「敵を打ち負かすもの」の意)が作られた。発射速度は1,500発/分と依然として極めて高く、最初の試作銃は改造したM1911拳銃用の7連発弾倉を使用していた。次に作られた2丁は、50連発ドラム弾倉(後に100連発ドラム弾倉、20連発箱型弾倉も設計された)が取り付けられるようになったほか、銃身には放熱フィンが設けられ、着脱可能なフォアグリップも追加された。ただし、最後まで銃床は設けられなかった。その後も順次改良と試作が繰り返され、1918年末までに24丁のアナイアレーターが製造されていた。これらはヨーロッパへ出荷するべくニューヨークに送られたものの、ニューヨークに到着した11月11日にはちょうど休戦協定が結ばれて世界大戦が終結していた。
※この「試作銃」の解説は、「トンプソン・サブマシンガン」の解説の一部です。
「試作銃」を含む「トンプソン・サブマシンガン」の記事については、「トンプソン・サブマシンガン」の概要を参照ください。
- 試作銃のページへのリンク