複素対数函数
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/09 03:01 UTC 版)

複素解析における複素対数関数(ふくそたいすうかんすう、英: complex logarithm)は、実自然対数関数が実自然指数関数の逆関数であるのと同様の意味において、複素指数関数の逆「関数」である。すなわち、複素数 z の対数 w とは ew = z を満たす複素数を言い[1]、そのような w を ln z や log z などと書く。任意の非零複素数 z は無限個の対数を持つ[1]から、そのような表記が紛れのない意味を為すように気を付けねばならない。
極形式を用いて z = reiθ (r > 0) と書くならば、w = ln r + iθ は z の対数の一つを与えるが、これに 2πi の任意の整数倍を加えたもので z の対数はすべて尽くされる[1]。
複素指数関数の逆関数

逆関数を持つためには、関数は一対一(単射)でなければならないが、複素指数関数は単射でない(実際、任意の w とすべての整数nに対して ew+2nπi = ew が成り立つことが、w に iθ を加える操作が ew を反時計回りに θ ラジアン回転させることから言える)し、さらに悪いことに垂直線上に等間隔に並ぶ無限個の複素数の列 log z の枝は、正則かつ導関数 1/z は U 上で消えないから、上記の命題により等角写像を定める。
例えば、主枝 w = Log z は C ∖ R≤0 から垂直帯状領域 |Im z| < π への写像と見て上記の性質を満たすから、等角性を極形式で書いた直接の帰結として以下のことが言える:
上記の z-平面上の各円と各半直線は直角に交わる。それらの Log による像はそれぞれ w-平面の垂直線分と水平線だから、それらも直角に交わる。これは主枝 Log の等角性の発露の一つである。
log z の複数の枝を貼り合わせて一つの関数 log: C* → C を得ることは、二つの相異なる枝がそれらの両方が定義される点においてさえ異なる値をとり得ることにより、不可能である。例えば C ∖ R≤0 上で定義され、虚部 θ が (−π, π) に入る主枝 Log z と、C ∖ R≤0 上で定義され、虚部 θ が (0, 2π) に入る枝 L(z) とは、上半平面では一致するが下半平面では一致しないから、これらの枝の定義域を「上半平面のコピーに沿ってだけ」貼り合わせることには意味を持たせることができる。貼り合わせで得られる領域は連結だが下半平面のコピーは二つ持つ。これら二つのコピーを二階建ての駐車場に譬えると、Log の階の下半平面から L の階の下半平面まで、0 を反時計回りに360°周って行くことができる。それには、Log の階で初めて正の実軸をまたいだときに共有された上半平面に入り、L の階の負の実軸をまたいで L の階の下半平面に入るのである。
同様の貼り合わせを、虚部 θ が (π, 3π) に入る枝、(2π, 4π) に入る枝、…… に対して、あるいは別方向の、虚部 θ が (−2π, 0) に入る枝、(−3π, −π) に入る枝、…… とどんどん続けることができる。そうして最終的に得られる連結な曲面は、先ほどの駐車場の喩えで言えば、上にも下にも無限に伸びる無数の階が螺旋状に連なった駐車場になる。この曲面を複素対数関数 log z に付随するリーマン面 R と呼ぶ。
対数のリーマン面 R 上の点は、複素数 z とその偏角の取り得る値 θ との対 (z, θ) と考えることができる。これにより R は C × R ≈ R3 に埋め込める。
各枝の定義域はそれらの値が一致する開集合に沿ってしか貼り合わされないから、貼り合わせで一つの矛盾なく定義された関数logR: R → C が与えられる[注釈 5]。この関数は各点 (z, θ) ∈ R を ln |z| + iθ に写す。もともとの枝 Log に両立する正則関数を貼り合わせて拡張する過程は解析接続と呼ばれる。
リーマン面 R から C* への(螺旋を「平らに」押しつぶす)「射影」が存在して、(z, θ) は z に写される。任意の z ∈ C* に対して、z の「真上」にある全ての点 (z, θ) ∈ R をとって、それらの点を logR で評価すれば、z の対数がすべて得られる。
上でやったように、特定の枝を選んで貼り合わせる代わりに、log z のすべての枝をとって、枝の対 L1: U1 → C, L2: U2 → C を U1 ∪ U2 の L1 と L2 が一致する最大の開部分集合に沿って貼り合わせることを、任意の対に対して同時に行っても、前節のと同じリーマン面 R と関数 logR が得られる。このやり方は、絵に描くことはやや困難だが、特定の枝をどのように選ぶかは問わない点で、より自然である。
U′ が R の開部分集合で、その射影像 U ∈ C* と全単射ならば、logR の U′ への制限は U 上定義された log z の枝に対応する。log z の任意の枝はこの方法で得られる。
射影 R → C* は R を C* の被覆空間として実現する。実はこれは、((z, θ) を (z, θ + 2π) に写す同相写像が生成する)Z に同型なデッキ変換群を持つガロワ被覆になる。
複素多様体として R は、logR を通じて C に双正則である(逆写像は z を (ez, Im z) に写す)。これは R が単連結であることを示しており、したがって R は C* の普遍被覆となる。
対数関数のリーマン面
構成
リーマン面上の関数
すべての枝の張り合わせ
普遍被覆として
応用
- Ahlfors, Lars V. (1966). Complex Analysis (2nd ed.). McGraw-Hill
- Conway, John B. (1978). Functions of One Complex Variable (2nd ed.). Springer
- Lang, Serge (1993). Complex Analysis (3rd ed.). Springer-Verlag
- Moretti, Gino (1964). Functions of a Complex Variable. Prentice-Hall
- Sarason, Donald (2007). Complex Function Theory (2nd ed.). American Mathematical Society
- Whittaker, E. T.; Watson, G. N. (1927). A Course of Modern Analysis (4th ed.). Cambridge University Press
- 高木貞治『解析概論』(改訂第3版軽装版)岩波書店、1983(昭和58)-09-27。ISBN 4-00-005171-7。