英語とフランス語の流暢さ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/30 12:51 UTC 版)
「国際連合事務総長の選出」の記事における「英語とフランス語の流暢さ」の解説
事務総長は英語とフランス語の両方を流暢に話すことができればベストである。過去には、フランス語を話せない候補者に対して、フランスは拒否権を行使するか、投票を棄権した。 1946年、ノルウェーのトリグブ・リーがフランス語を話せないことから、フランスは当初反対したが、他の4つの常任理事国が合意に達したことから賛成に回った。アメリカは、ベルギーのポール=アンリ・スパークが英語が話せないことを問題視し、スパークは総会議長に選ばれた。 1971年、フィンランドのマックス・ヤコブソン(英語版)は、フランス語が話せないことを理由にフランスの支持を得られなかった。フィンランド代表団は、1回目の投票でのフランスの拒否権の行使を非難したが、実際にはフランスは棄権した。 1991年、次期事務総長の有力候補だったブトロス・ブトロス=ガーリとバーナード・チゼロがある会議で同席となった。チゼロは、会話の途中で突然フランス語で話し始め、フランス語の流暢さをアピールした。ブトロス=ガーリは、「彼はフランス語訛りの英語も話せるから、フランスに気に入られるだろう」と冗談を言った。事前投票では、どちらに対しても拒否権は行使されなかった。 1996年、フランスの国連大使は次期事務総長について、「アフリカ出身の、フランス語を話せる人になってほしい」と述べた。フランスは当初、フランス語を公用語としない国の候補者には全て拒否権を行使していた。しかし最終的には、英語圏のガーナ出身だがフランス語を話すコフィー・アナンの事務総長就任を認めた。 2006年、インドのシャシ・タルールが選挙運動のために北京に赴いた。中国の外相は面会の途中でフランス語に切り替え、タルールの語学力を試した。タルールは、アジアの候補者の中で唯一フランス語を流暢に話せたが、アメリカから拒否権を行使された。最終的に選出された韓国の潘基文は、フランスから拒否権を行使されないために、夜間にフランス語教室に通っていた。
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