舞鶴線列車妨害事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 19:40 UTC 版)
「日本の鉄道に関する事件」の記事における「舞鶴線列車妨害事件」の解説
1985年(昭和60年)5月23日-10月21日 1985年には舞鶴線を発端とした列車妨害事故が発生した。ここでは発端は舞鶴線のため「舞鶴線列車妨害事件」と表記する。 5月23日 小浜線松尾寺駅の信号ケーブル2本切断。 7月16日 舞鶴線西舞鶴 - 東舞鶴間で卵大の置石約60個が置かれた。 8月2日 豊岡駅に「我々は電化反対同盟だ。福知山 - 城崎(現:城崎温泉)間に7個の爆弾を仕掛けた。電化によって土地を取られ大変迷惑をこうむった」という脅迫電話が来る。このほか、駅の待合室に「電化反対同盟」の落書きがされる。 10月10日 小浜線青郷 - 松尾寺間のトンネルで耕運搬用鉄車輪2個が置かれる列車妨害が発生。 10月20日 同じく小浜線青郷 - 松尾寺間のトンネル内でU字蓋を置いて急行「わかさ1号」を脱線させる。宮津線丹後神崎 - 丹後由良間の鉄橋で風速計ケーブル切断。山陰本線船岡駅近くのトンネルで信号・通信ケーブル7本切断。 10月21日 玄武洞駅のポイントにコンクリート19個が置かれた。機関車と貨車の連結器が外された。 福知山鉄道管理局で確認しただけで25件の列車妨害事件が発生した。同管理局は一つ間違えば大事故につながるケースなだけに対策本部を設置した。京都府警察は現場から走り去る車の目撃情報に基き、車のナンバーの一部からクルマの所持者を突き止め、その息子の愛知医科大学2年K(23歳)を威力業務妨害の疑いで調べたところ、犯行を自供した。共犯の日大理工学部3年M(22歳)、東京の専門学校生A(17歳)を逮捕した。3人は各地の撮影会で知り合った親しくなり今回の事件に至った。犯行の動機は写真を撮りたいのに列車が通らなかったりシャッターチャンスを逃すと腹が立ったという。幸いにもけが人はいなかった。犯人は北近畿地区の気動車ファンで間近に控えていた北近畿地区のうち福知山線・山陰本線福知山 - 城崎(現:城崎温泉)間の電化に反対していたという。反対していた理由は電化すると大好きなディーゼル列車の写真が撮れなくなるというものである。
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