聖ペーター僧院教会とは? わかりやすく解説

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せいペーター‐そういんきょうかい〔‐ソウヰンケウクワイ〕【聖ペーター僧院教会】

読み方:せいぺーたーそういんきょうかい

Stift Sankt Peter》⇒ザンクトペーター僧院教会


聖ペーター僧院教会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/18 06:36 UTC 版)

ザルツブルク市街の歴史地区」の記事における「聖ペーター僧院教会」の解説

聖ペーター僧院教会 (St. Petersstiftskirche) は、聖ルーペルトが696年開いたベネディクト派教会であり、ドイツ語圏のなかでは最も古いとされる男子修道院である。当初ロマネスク様式主として建てられ、三廊式バシリカ形式をもち、回廊西翼玄関にはロマネスク様式の、マリア礼拝堂には初期ゴシック様式の古い建築様式を今に伝えている。18世紀後半には後期バロック様式改築され内装きわめて壮麗かつ優美さ加わり、すでにロココ様式片鱗みられるとの評価がある。 その教会墓地であるペータースフリートホフ(ドイツ語版) (Petersfriedhof) はロマン主義の時代には、ロマン主義者たちが好んだ強烈な磁場をもつ空間となった18世紀活躍したミヒャエル・ハイドンフランツ・ヨーゼフ・ハイドンの弟)もここに眠っている。また、ロマネスク-ゴシック期岩窟礼拝堂グロッタ初期キリスト教徒の地下納骨堂カタコンベ)も見学することができる。 聖ペーター僧院教会に隣接してメンヒスベルク山の岩盤くりぬいた岩肌利用したレストランシュティフツケラー・ザンクト・ペーター」があり、フランク王国カール大帝宮廷仕えたアルクィン803年に「ヨーロッパ最古レストラン」として記録している。1720年以降は、貴族市民聖職者たちがここに出入りするようになり、ミヒャエル・ハイドンもしばしば訪れている。教会墓地付近には彼が居住したことを記した銘板のある建物もある。

※この「聖ペーター僧院教会」の解説は、「ザルツブルク市街の歴史地区」の解説の一部です。
「聖ペーター僧院教会」を含む「ザルツブルク市街の歴史地区」の記事については、「ザルツブルク市街の歴史地区」の概要を参照ください。

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