羅山の思想
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/20 18:41 UTC 版)
羅山の思想は、総じて儒教的な現世主義・道徳主義、および、一種の合理主義を特徴としている。 特に際だった主張のひとつに仏教の排斥があり、仏教が彼岸主義に立って現世の人間社会における問題を避け、来世を説いて虚妄を述べると批判し、その道徳無視や仏僧にみえる不道徳・罪悪などを追及している。 いまひとつは、神儒合一論である。羅山は、神道、王道、儒道、人道の根本は同一なのであり、神は心・理であるとして理当心地神道を説き、日本神話中の「三種の神器」を儒教的な智・仁・勇の「三徳の象徴」と見なした。また、理当心地神道は、近世の儒家神道の先がけとなった。 近代主義の立場からの評価は低い。和辻哲郎は、地球球体説を頑なに否定するなど羅山はハビアンとの論争でも科学に全く興味を示さず視野が狭い、ヨーロッパでは近代的な思想家が出ていた時代に古代中国の理想に帰っていくという時代錯誤など、羅山は鎖国とともに保守的反動的な偏狭な精神を跋扈させ、長きに渡り日本人の自由な思索活動を妨げた「不幸」であったと論じている。
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