絶対的聖典を否定できない社会、での見解
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/06 04:27 UTC 版)
「ムスハフ解釈本」の記事における「絶対的聖典を否定できない社会、での見解」の解説
クルアーンの示す神の啓示に基づいて国を維持してゆくためには、クルアーンに含まれる矛盾をそのままにしておいたのでは、国家が成り立ってゆかないと言える。そこで、イスラム法学者は、時期的に新しい神の真理が、前からある神の真理を破棄することが出来るという方法を考え出した。 詳しくはナスフの項目を参照。 第2代カリフのウマルは、学者によるクルアーンの解釈の違いからくるウンマの分裂について気を使っていたとされる。彼は、クルアーンの解釈に特に注意を払っていたようだ。 第3代カリフのウスマーンの時代に獲得した領地は、エジプトやイスラエルをはるかに超えた広大なものであった。 当時のウスマーンの立場は、現世的一大帝国の政治的指導者であり、新興国家の立法家でもあった。 絶対的聖典に基づく政治的制度を制定している 神の絶対的権威があるとするクルアーンを、イスラーム法学者は、聖典解釈の原理に基づいて、人間生活の一切を解釈していった。それは、彼らを中心に、政治的に進められてきた。イスラーム法学者は聖と俗の区別をつけないので、政治と法律もそのまま宗教となっている。 ウラマーとは、クルアーンとそれに関する学問を専門に研究する人のことである。その中でも、特に権威のある人たちは、ある「クルアーン」解釈が、許容範囲を逸脱しているとみなすと、法的手続きを踏んで、異端宣告をすることが出来る。その結果、「イスラームの敵」になった者は、死刑や、全財産没収等となる。イスラム圏内では、これまでに数多くの人が、そのために死刑になった、という歴史がある。
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