終戦後の状況
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 17:43 UTC 版)
詳細は「アメリカ合衆国による沖縄統治」を参照 戦後、沖縄守備軍の守備範囲であった沖縄県および鹿児島県口之島以南は米軍の占領下に入った。8月20日には琉球列島米国軍政府と沖縄住民の意思疎通を目的として、沖縄諮詢会が設置された。沖縄諮詢会は翌1946年(昭和21年)4月に沖縄民政府へ改組されたが、米軍による軍政は1950年(昭和25年)12月まで続いた。その後も沖縄では、米国の琉球列島米国民政府および下部機関である琉球政府による統治が行われ、沖縄が日本に復帰するのは1972年(昭和47年)5月15日のことであった。最後の激戦地となった南部地域の村では、いくつもの集落で住民が全滅した上、生き残った住民も外国(特に南米)に移住する者が多かった。そのため人口の減少により、自治体としての規模維持のため合併を余儀なくされた(三和村)。
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